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第34話

・・・・・ 「……あ」  出社して、いちばん最初に顔を合わせるのが、今いちばん気まずい相手。 (ここ数日はすれ違いで会わずに済んでたのに)  咄嗟に声を出そうとしたけどうまく出なくて、一礼だけして一緒にエレベーターに乗り込んだ。ここで避けたらもっとダメだ。わかってるけど、本当は逃げたい。  無言の箱に、佐野とふたり。 (なんで今日にかぎってほかに誰も乗ってないの!?) (こないだもだけど!!) 「挨拶くらい出来ないのか」  大げさなため息、そして呆れた声が目の前にある背中から飛んできた。  こっちを見ない。でも、刺すみたいな声。 「お……はようございます」 「……大朏はそれでいいのか」 「え?」 「最近おかしいぞ。公私を分けられていない」 「それ言うなら佐野だって」 「俺がなんだって?」 「……いきなりキスしてきたじゃん」 「その前にお前らが資料室でヤッてたろ」 「ヤッてない!」 「うるさい」 「……っ」 「そんな奴じゃなかっただろう。どうした」 「………」  返す言葉が出なかった。  自分でもわかってる。周くんと付き合いはじめた頃は――周くんが社長の息子ってことがわかるまでは、もっと公私の区別が分けられていた。  周くんも社内では『四ノ宮くん』の顔をして態度を貫き通していたのに、それがだんだんと崩れてきているのはわかってた。私の反応を楽しんで、試すように触れてくる。目線ひとつだって何か意味が含まれているような気がするのは―― (ううん……ちがう、かも) (私、が……?)  社内で周くんを見るだけで、手に触れたいとか、そんなこと思ったことなかった。  振りまわされるようなことなかったのに、なんでこんなふうになっちゃったんだろう。変わっているのは私で、だから周くんは愉しんでいる。  機械音がして、エレベーターが開いた。 「大朏」 「な、に」 「隠せていないぞ」  出ていく直前、佐野が振り返って首元をトン、と指さす。 「……!」  頬がカァっと熱くなった。  ひと晩中抱かれ続けたあの夜に、思いきり噛みつかれた痕。もう数日経っているというのに、まだのこってる。  佐野はそれ以上何も言わず、背を向けて歩き始めた。私も続きながらシャツのボタンを確認する。ここ数日ボタンの位置がほかのシャツよりも上にあってかつキッチリ締めていたはずなのに、ボタンがとれて開いてしまっていた。 (……本当に、どうしちゃったの)  佐野に指摘されただけで思い出して身体が疼く。  何度も気を失って、身体中にやさしいキスをされている中目が覚めて、そしてまた気を失うまで抱かれる。それをひたすら繰り返した夜。  震える身体を抱きしめながら、ふっ、と息を吐いた。  こんな状態じゃまともな顔をして部署に入っていく自信がない。だめだ。  だめだけど、始業が迫っている。 (佐野の言うとおり、最近本当におかしい) (まるで周くんに……)  ここ数日、耳に残っている声があった。 『っん……、……っ、調教してる、気分になってきたよ……琴乃』  熱い息の合間、心底愉しそうに笑う周くんの……声。
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