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第30話

「……っあ」 「では確かに受けとりましたので」  声を出しかけた私に気付いてないはずはないのに、周くんは目をふせてトン、と書類を机上で揃えた。  そのまま次からの展開について確認をされ、戸惑いながらも頷くことしか出来ない。今は仕事だからと言い聞かせてるけど、最初にキスの件を言い出したのは周くんだ。だから気になるのは仕方ない事で、とグルグル頭の中がまとまらない。 (だめ。今は仕事中今は仕事中) 「……聞いてますか?大朏さん」 「は、はい」 「それで?続きをお願いします」  私の口からは高田印刷の案件を落ち着かせるところまで、最初に提出した企画書通りのことが流れ出ていく。でも、だめだ。集中できてない。 「――変更は必要ないという事でよろしいですか」 「はい。このまま当初の予定通りで構わないと思います。フォローバックも大丈夫そうです」 「ご苦労様でした。もう結構ですよ」 「……はい」  真正面から見据えられて、ドキッとする。  さっきのエレベーターでもだけど、もう10日、周くんとこんなに近付いていないのに。  でも目が違う。話し方も違う。 (いつもの社内での周くんとも、なんか違う) 「……結構ですよと申し上げたはずですが」 (いつもよりずっとずっと……口調が丁寧すぎる) 「もしかして、期待してました?」 「……えっ?」  自分がうつむいていたことに気付いたのは、すぐ横から話しかけられた時だ。  本当にすぐそばにいて、思わず腰がひける。 「あ、あま」 「四ノ宮ですよ。大朏さん」 「し」 「らしくないですね。今は仕事中ですよ」 「そっ……わかってる」 「期待でそれどころじゃなかったんですか?」 「え……っ!?」  ――視界が反転した。  背中が痛い。かたい。これは机。机の上に、押し倒されている。 「な、あま、しの」 「こうやって」  周くんの手が下に伸びた。長い指がつつ、と太ももをスカート越しになぞりあげていく。思わず声が出そうになるのを必死でこらえて顔を逸らすと、ふ、と笑う声がした。 「どうして佐野さんにキスなんてされてるんですかと」 「っ……」 「佐野さんにキスされて感じたんですよねと」 「ちがっ……感じてな」 「……歩けなくなるくらいには、感じたんですよね?」 「ち、それは」 「そしてあんないやらしい顔を社内で見せるなんて……と」  太ももからおしり、腰、デコルテ、首筋、そして耳。  ゆったりとやらしく触ってくるのにスカートやシャツ越しだし、耳だって私の弱いところをわざと外している。思わず身体を揺らしかけて、自制した。 「やっぱり。今ちょっと……腰、動きましたね」 「……っ」 「この間みたいにお仕置きされることでも、期待してました?」 「なっ……そんなこと、ない!」 「社長室の机で脚開かされて、指挿入()れられて掻き回されるの、期待してたんですか。それとも無理矢理犯されたかった?」 「……っ!そ、んっ!?」  抗議しかけた私の唇を周くんが塞いだ。  でもそれだけ。本当に「塞いだ」だけで、いつもみたいに甘くて苦しくなるキスじゃない。周くんはすぐ唇を離して起き上がり、シャツを整えた。そしてまたあの微笑みを浮かべる。 「あなたへの何よりのお仕置きは、お預け……ですからね」 「!!」 「欲しくてたまらないものは、簡単にはあげませんよ」 「……っ、あま」 「四ノ宮です。セン、パイ」  今度は憎らしいほど可愛く笑って、私に手を差し伸べた。  あまりに中途半端にさわられた熱がまだ身体中に残っているのに、いまこれ以上周くんに触れるなんて出来ない。苦しくなってしまう。周くんが欲しくて欲しくて、苦しくなるのがわかってる。 「……いい。自分で起き上がれる」 「そうですか?」  首をかしげながらも楽しそうにしている周くんはあっさりと手を引いた。  身体を起こして机から下り、服装を整えて一礼をする。 「仕事に戻ります」 「ええ」 「では、失礼します」 「……あ。待ってください」 「え?……っ!?」  肩を掴まれ、耳元に周くんの息を感じられるところまで近づかれた。 「また連絡しますから。……琴乃」 (……っ!)  いつもベッドの中でささやいてくれるみたいに名前を呼ばれて、もうどうしようもなくなってくる。 (この……っ、小悪魔!)  ――たしかにこれは、何よりの〝お仕置き〟だった。
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