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第9話

・・・・・ 「……周くん」 「もうダメだってば」 「ね……も、もうちょっと……」 「だーめ。これ以上だと琴乃さん、午後仕事にならないでしょ」 「……意地悪」 「そーんな可愛い顔してもダメなものはダメ」  はいおしまい、とあっさりドーナツの箱をしめた周くんに、私はうらみがましい目を向けた。  昼休みとはいっても、学生の頃とは違って各々自由に取るのが社会人ってもので。  友達の勤める某有名会社なんかは、きれいで大きな食堂もあるみたいだけど。ここは至って普通だ。  外で食べてくる人、外で買ってデスクや休憩所で食べる人。いろいろ。  そんな中私と周くんは資料室にいた。  もちろん資料棚に埋もれたところでごはんを食べる趣味はない。ただ、この第3資料室は資料室の中でも特別広くて、パーテーションを境に2人掛け程度のソファと机が置いてある。  だから、資料室兼休憩所兼おやつ場所として使用する社員も少なくない。  私は閉められたドーナツの箱をじっと見たまま、ソファで膝を抱えた。 「琴乃さん?」 「……へこんだの、よくわかったね」  普段は考えないようにしてる、佐野との仕事の違い。  大学までは評価でもそれなりに競い合ってきただけに、社会人になってから広がっていく一方な気がするこの違いに時々ジリジリしてしまう。  世間一般はどうかわからないけど、うちの会社にはまだまだ男女差があるのは明らかだし。お茶を入れろとか言い出すふざけた男性社員がいないことだけは幸い。  そして、うちの会社が男女均等を目標にしたところで、取引先はやっぱりまだまだ「女なんて」ってところが多くて、思うように契約までいかないこともある。  私がかわりに後輩の男子を向かわせたらオッケーが出たことだってある。企画から全部私がやったのに、最終契約を結ぶには男性社員が必要だったってこと。  あの夜はくやしくて眠れなかった。……まだ、周くんが入社してくる前だったな。  でも、男女差を理由にしなくたって、佐野は仕事が出来る。  そんなことわかってるのに「仕事の違い」のどこかに「男女差もある」って思おうとしてる自分が、いちばんムカつく。 (かっこ悪すぎて、周くんには言えない……)  抱えた膝に顔をうずめた私の頭を、周くんはだまったまま撫でてくれた。 「それだけ見てるから」 「……何が?」 「僕が。琴乃さんを」 「………じゃあもういっこ」 「ダメ」  へこんだ時に甘いものをくれるのは、周くんの優しさだ。  でもいっつも、たくさん買ってくれるくせに全部はくれない。  顔を上げてにらんでみる。 「……もっと欲しい」 「それ夜に言ってくれたら大喜びなんだけど」 「……っ!」 「あ。赤くなった」  目を細くした周くんの手が、私の頬に添えられた。  唇がギリギリまで近づいたところで――ぺろりと舐められる。 「っ!??」 「あっま」  唇についた砂糖を舐めたらしい周くんは顔を(しか)めた。甘党な顔をしてるけど、実はあんまり得意じゃないのは知ってる。  いきなりのことで口をパクパクさせる私の唇を、また舐めた。時々舌までぺろっと舐めては楽しそうに笑う。ちゃんと重ねてくれないのは絶対にわざとだ。  こんなの―― 「……あ…周く」 「タイムオーバー」  周くんの内ポケットが震えたと思ったら、そう言ってパッと身体を離す。  ――社内用携帯だ。アラームをセットしていたらしい。  立ち上がった周くんは『四ノ宮くん』の顔をしてにっこりと笑った。 「大朏さん。僕、先にあがりますね」 「……っ、えっ」 「会議の下準備があるんで。じゃ」  最後に自分の唇を意味ありげにペロリと舐めあげる。  ごちそうさまでした、と朗らかに告げた周くんであり『四ノ宮くん』は、私に立ち上がる暇さえ与えないで資料室から出て行った。
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