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第8話

   四ノ宮周という男の子は、「犬っぽいと見せかけた猫」だと思う。    柔和な笑顔と、人好きのする物腰。  だけどその実警戒心は強いように見えた。  整った風貌は年齢問わず女子受けが抜群。  それを嫌味なく鼻に掛けない気さくな態度は同年代の男子に、立場も年齢も上の人間をスマートに立てられるところはオジサン受けがいい。    こうして言葉にすると胡散臭いな。ってちょっと笑う。  でも私が好感を持ったのは、食えなさそうなところ。  一筋縄ではいかないというか、あの年齢にして色々とそつなさすぎるのが逆に彼の触れてはならない何かを勝手に感じてた。  心の中でアイドルって呼んでた理由もそこにある。  いくら笑顔を振りまいて優しい言葉をたくさん並べていても、どこか踏み込めないって意味で呼んでたわけで。  ……まあ、周くんの場合は優しい言葉ばっかりじゃないところが違うけど。    視線が交わった。  さっきゆるめた唇はあっという間に結び直されて、みんなが騙される―――というと言葉が悪いけど―――笑顔を私に向けている。  恋人である周くんの姿はこれっぽっちも見えない。  社内恋愛を隠したい私にとっては好都合……っていうと表現に語弊があるけど、ぶっちゃけすごく助かる。  私も自然と『大朏さん』になれるから。 「だからこそのありがとう、でしょ」 「さすがですね」 「お褒めにあずかり光栄です」    椅子に座ったままうやうやしく頭を下げてみせると、『四ノ宮くん』の笑顔を見せたまま私の後方に視線を投げた。そして手を振る。 「佐野さーん、大朏さんに褒められましたよ僕」    は?佐野?  周くんの視線をたどり、部署の出入口から入ってきた男を見て、思わずゲッと声が出た。周くんが佐野さんって呼んだんだからわかってはいたけど。  180を超える長身。首に巻きつくように見えるやわらかそうな細い髪は天然パーマだそうだ。黒縁メガネをかけていて、薄い唇。  ひと言で言えば、少女漫画にでも出てきそうな、いかにもな理系。  少女漫画に天パって出てくるか知らないけど。    一見冷たそうに見えるし実際わりと冷たいこの男。  名前は佐野(さの)真琴(まこと)という。  天パとかなんで知ってるのかって、私と同期入社ってだけじゃなくて同じ大学だったという嬉しくもないオマケがあるからだ。 「よくやったな四ノ宮」 「佐野……ファイル棚の整理してくれた君の部下にお礼しただけだからね」 「四ノ宮は優秀に育ってるからな」 「主な指導係である自分が優秀だからって遠回しに言いたいだけでしょ」    佐野はそういう男だからね。  言いかけてやめる。さすがに大人げないし。佐野はとくに返答もないまま、私の手元をちらりと見遣る。 「高田印刷の資料は見たのか?」 「確認しました」 「必要事項はすべて?」 「揃えてありました。綺麗に。すべて」 「当然だ」    ぐぐ。  そこを言われると何も言えない。  今回私が担当に配された高田印刷は、元々佐野がうちの会社に引っ張ってきてくれた企業だ。  佐野が外されたんじゃない。  例の大きな案件を任されるようになったから、私に回されただけだ。 「そろそろ二代目に継がせたいと仰っていた。一族企業な分、代替わりのタイミングは取引先チェックが厳しくなる。気を付けろよ」 「重々承知しています」 「ならいい。四ノ宮、行くぞ」 「はい」    周くんは素直にうなずき、佐野についていく。―――いこうと、した。  一瞬だけ私に顔を向けると、素早く唇が動いた。 (資料室)    それだけでわかる。 『昼休みに第3資料室』    付き合ってから何度も交わしてきたから、わかった。    ……ホンット、かなわないな。  年下の恋人は、年上の恋人がへこんだことを見逃さない。
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