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第26話

 たしかに佐野の事を思った。  思ったけど、会いたいと願ったのは周くんだ。 (……なのにどうして!!) 「会いたくなかったとでも言いたそうなツラしてるな」  冷徹鉄仮面みたいな顔をした佐野が今、私と並んで歩いている。  社の最寄りで降りて歩いている最中話しかけられたのが、佐野だった。 「……べつに……そんなことあるけど」 「残念だったな。今日は俺の単独行動だ」 「ボードに書いてあったからわかってるよ」 「俺も帰社するところだ」 「だからわかってるって」 「お前が予定より遅くなってるんじゃないか?大丈夫なんだろうな」 「大丈夫だから!」  佐野の言葉にカチンときて、右肩に掛けた仕事用の大きなバッグをパンと叩いてドヤってみせる。 「ちゃんとハンコもらってきたもんね」 「もんねって……ガキか」 「うるっさいな」 「なんでお前はいつもそう」 「佐野だっていっつもそうじゃん昔っから。まあ大学の頃に比べたら上っ面かぶるのは上手になったよね」 「褒めてもらえるとは思っていなかったな」 「嫌味だっつの」 「わかってて受けてるんだろう」  言いあいながら社の受付を通り、止まっていたエレベーターに入った。  途端に静かになる佐野が気持ち悪い。  ウィーンという起動音だけが響くのが居心地悪くて、つい話しかけてしまう。 「……なんで黙んの」 「いや……お前とこんなふうに言いあうのも、久しぶりだったと思っただけだ」 「あー……そうだったっけ」 「四ノ宮は今日地方に研修だそうだ」 「……ボードにあったから知ってる」 「本当は社長業に忙しいんだろう」 「!!……知っ……!」  ――ガン!  私が佐野を仰ぎ見るのと佐野が私の背後に手を突くのが、ほぼ同時だった。 (か、壁ど……ていうかエレベーター、危な) 「……どうしてアイツなんだ」  低い、佐野の低い声が私の頭上に降ってくる。  しぼりだすような、こんな佐野、初めて見た。表情は全然見えない。私の背後にある壁へ伸ばされた腕で隠すようにしてるから。  さすがに戸惑ってどうしたのと手を伸ばしかけたら、両手首を掴まれて押し付けられた。  まるで、あの日の玄関での周くんみたいに。  嫌がらせにしてもどうかしてるし、もうすぐ目的階に到着するエレベーター内ですることじゃない。 「ちょ、なに……?」 「別によかったんだ。見ているだけで」 「佐野……?」 「でもなんでアイツなんだ。よりによって、俺が監視してなきゃならないアイツなんだ」 「佐野、どうし……っ?!ん」  高い鼻先が掠れた直後カチャリと黒縁が当たる音がして、あ、痛いと思った。  佐野の閉じたまぶたが目の前にあると気付いたのは数秒遅れてから。そのくらい実感がなくて、いきなりすぎて、というか、え、唇がやわらかいなにかに触れて、え?   (ナニコレ、佐野にキスされてる……!?) 「……ん!んん!」  抵抗しようにも手首掴まれたまま壁ドンされてる状態だし、周くんより背が高くてガタイもいい佐野に敵うはずもなく。 (ていうか!着いたら!誰かがボタンおしてたらどうす) 「……っんぅ!?」  抗議のためにどうにか隙をついて開きかけた唇に、ぬるりと生暖かい舌が入ってきた。  ぞわりと背筋が凍る。違う。動きが違う。這い方が違う。私が欲しいのはこの唇でも舌でもない。おさえつけてほしい手も、これじゃない。  そう思っているはずなのに、乱暴に口内を這い回る佐野の舌に翻弄されて膝に力が入らなくなってきた。
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