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第7話

・・・・  ……身体がだるい。  PCを前に、ひっそりと腰をさすった。  大朏(おおつき)琴乃、12月で28歳。  友人たちからの結婚や出産報告を笑顔で祝いながらも、心の中ではお財布が痛むなぁというのが本音になってきた。  そして両親からはテンプレのように結婚はまだかとせっつかれる。  結婚願望は昔からあんまりない。  ほどよく仕事してたくさん遊んで、基本楽しく過ごせればいいと思ってる。  でもこの先ずっとひとりで生きていく覚悟もない。  正直、微妙な年頃。    大学進学で上京して、そのまま大きすぎず小さくもない普通の企業に就職して6年。  営業3課所属。営業は多分向いてないけどなんとかやってる。  企画や開発の仕事をしてみたいと思って2年くらい前に1度だけ異動願を出してみた事もあるけど、受理されなかった。    あ、でもこの間社内の企画コンペに提出してイイ感触を得ることが出来たんだっけ。  それが最近1番嬉しかったこと。  賞は獲れなかったけど、主任には褒められたし企画部への異動願いをまた書いてみようかと悩んでいるところ。    そして、恋人がいる。  四ノ宮(しのみや)周。4月に25歳になったばかり。  前述したけど営業3課の後輩で、見た目は……欲目もあるかもしれないけど、わりと……いや、かなり良い。  だって入社当時は女子社員の間でちょっとした騒ぎになったくらいだ。  まだ着慣れてない細身のスーツに包まれた、スラッとした体躯。  初々しさの残る短い焦げ茶色の髪。きれいに整ってるけど細くなくて嫌味がない眉。その下にある目は目尻が少し垂れていて、笑うと犬みたいに人なつっこそうになるところがまた良い。  心の中で「アイドルくん」って呼んで、まぁちょっとした癒しっていうか、そんな感じに思ってた。  年の差は3歳。近いようで、けっこう遠い。  遠目で見てるくらいがちょうどいい。 「大朏さん?」    そう思ってたから、周くんから付き合ってほしいって言われた時は、いったい何のことかと思って。  もしかして罰ゲーム?とか正直疑った。 「大朏さーん」 「……えっ、あ、四ノ宮くん」    ―――あまねくん、と言いそうになって誤魔化すと同時に、今の状況を確認する。    ダメだ、けっこう飛んでた。  私の前にはデスク。そしてパソコン画面には打ち込み途中のグラフ。右側に立つ周くんが冊子を両手で持ち、不思議そうに首を傾げていた。  上まできちんと締めたシャツに、センスのいいネクタイ。  私を「琴乃さん」ではなく「大朏さん」と呼ぶ。  何度ももう無理って言ったのにやめてくれなかった昨夜の甘さと淫らさを微塵も感じさせない、いつも通りの『四ノ宮くん』。 「ご、ごめん。ちょっと疲れちゃってて」 「珍しいですね?」    誰のせいだと思ってんの。  って言いたかったけどグッと堪える。顔に出したつもりもないけど、周くんはそれ以上突っ込んでくることはない。  疲れの原因なんて誰よりもわかってるだろうし、っていうか例の件についてだって動揺しないでって言われるほうが無理。  でもここは会社。  しかも周くんの班は今、一度契約の切れた大手の元取引先と再契約を結ぼうしている最中だったはず。大きな動きだ。 「うんごめん。えっと、それは資料?」 「はい。佐野さんは言付けてあると仰ってました」 「……ん、高田印刷さんだね。探してくれたの?」 「はい」 「ありがとう。戻っていいよ。お疲れさま」 「はい」    音もなく綺麗に背を向ける周くんに声をかける。 「四ノ宮くん」 「はい?」 「資料室のファイル棚整理してくれたの、あなたでしょ。いずれやらなきゃと思ってそのままにしてたの。ありがとう。探しやすくなった」    周くんの目がかすかに見開かれた。  ふ、と息の漏れる音が聞こえて、凛々しく結ばれていた唇が少しだけ緩む。    ……ちょっと、いつもの周くんになった。  でもそれも本当に一瞬のことで、『四ノ宮くん』の顔をして笑う。 「仕事の効率を上げるためですよ」    笑うと懐っこい犬みたいな顔になるのに、どこか一線を引いたような発言をするのが『四ノ宮くん』だ。    付き合う前そこがいちばん気に入っていた。  もちろん、今も。
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