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夜の魔法使いの愛人 -1

   ………………  …… 「あっ……アリシア、あんた、大丈夫だったかい!?」  えっええええと。  わたし、ゼノと朝ごはんを食べて。  寝室の南南東にある大きな掃き出し窓から、お仕事しに飛び立ってゆくゼノを見送り、寝具を干し。  彼が夜に使った、シーツや上掛けのカバーを洗濯場に運んで来ただけだ。  何一つ困る事もなく、大丈夫なんだけど、なんだか洗濯係のヨハンナが心配そうだ。  彼女の年のころは、六十近く。  わたしより四十近く年の離れたヨハンナは、出会ってからずっとにこにこしている気の良いおばさんだ。  ゼノの家に来たばかりで、まだ何も判らないわたしに、いろいろ気を使ってくれているんだけど、今回は、何が気にかかったんだろう?  わたし少し考えて、ぽん、と手を打った。 「もしかして、洗濯物を持ってくる時間、遅かったですか?」  ゼノを起こしてから、お出かけまで見送ったら、だいぶゆっくりになっちゃった。  まさか、ゼノが今日の持ち物のチェックをしている横で、寝具をバタバタと片付けるわけにもいかないだろうって思ったけど、洗濯物を出すには、だいぶ遅れたかな?  すみません、と頭を下げたら、違う違う、と首を横に振られてしまった。 「そうじゃなく……アリシアは、主(あるじ)さまに何か酷いことをされなかったかい?」 「主さま……ゼノさまに? いいえ、全く」  酷いことどころか、ゼノの手造り、美味しいご飯をお腹いっぱい食べてきちゃった~~ なんて。  笑いながら報告できるような雰囲気ではない。  どうしたんだろう?  思わず首をかしげると、ヨハンナは大きくため息をついた。 「そ……りゃ良かったねぇ。  アリシアが、酷い事だと思わないなら、なによりさ。  主さまに、優しくしてもらったんだね」 「ええ、ゼノさまは何時だって優しいです」  ゼノの事を思うと、胸のあたりが、ほっとあったかくなるような気がする。  父が死に、母が亡くなって、そう経ってないのに、わたしが泣かなくて済んでいるのは、きっと。  ゼノがすぐ側にいるからに違いない。  そう思って、うん、と頷けば。洗濯場から、部屋に荷物を運んでいる途中らしい、メイド頭のヘレナが呆れたように肩をすくめた。 「全く!  アリシアって、実は天然って言われない?  意味判ってないようだから、直球で聞くけど、あなた、今、主さまに抱かれて来たんでしょ?」 「………は?」  だ……抱かれる?  ゼノに?  わたしが!?  三十超えた辺りの、肉感的美人なヘレナの言っていることは、ストレートすぎて、却って現実感が無い。  彼女が言ってることは判ったけれど、内容が全く理解できない。  ヨハンナとヘレナが顔を見せ合う、意味深な頬笑みがなんだか怖くて、わたし何とか声を出した。 「そ……それ。  ゼノさまに、ぎゅっと抱きしめられる……って意味じゃ……無いですよね?」 「あたりまえじゃない!  いいオトナの男が若い女の子を前にして、子どもみたいに抱きついて、何が楽しいっていうのよ!」 「ええっと……」 ゼノにとってわたしは、幼なじみかせいぜい家族で、恋愛感情とは無縁な存在のはず。  何かに血迷って『抱く』つもりになったって、きっと。  子どもみたいに、ぎゅっと抱きしめた時点で興ざめするだろう。  そう言おうとして、彼が目覚めた時を思い出す。  確か、ゼノは、最初からわたしを抱きたいって……言って……た……けど。  それが、本当に、そういう意味だとしたら?  ゼノと楽しく朝ごはんをぱくぱく食べている場合じゃなかったって言うこと?  は……ははは。  まさか、ね。  さっきだって、ゼノに引っ張られて、膝の上に寝転んで来ちゃったけど、顔紅い~~って笑われて終わりだったぐらいだ。  わたしはゼノと七つも年が離れてて、美人でも胸があるわけでもない。  早くから魔法を使えない体質だって判ってたから。それを隠すように、特に友達も作らず……ましてや、彼氏とかも、居るわけもない。  何時も黙って教室の隅に座り、覚えても無駄な、魔法の使い方の勉強ばかりしていた。  根暗で華やかさのかけらもない。  学校で習った魔法理諭だけは得意な、頭でっかちの使えないヤツ。  こんなわたしを誰が『女の子』だって見てくれるだろう?
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