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〈第一章・18〉

「すみません、ぼけっとしてて」   蓮は「当たっちゃねェよ」と肩をすくめて見せた。 「えらく長ェ時間、姫のんと居たんだなァ。あいつ喋んねェだろ。よく間がもったモンだ」 「姫のん? ああ、はあ、そうなんですか? よく喋られる方で、楽しかったです」 「ふうん。アイツは喋んねェおんななんだがな」 「昔の話をしていました」 「へえ」  蓮は小首を傾げた。 「お前さんの話かい?」 「ええ。あとは、姫桜さまの昔話を聞かせていただきました」 「へーえ」  蓮は、キセルを左から右に持ち替えてくわえる。 「胡蝶の気に入りじゃなかったら姫のんが欲しがったか。いや牡丹か? ようよう、色男は憎いねェ」 「え? 胡蝶蘭さまには、あんまり気に入られているような気がしませんけどね」  胡蝶蘭ってだし。  偉そうだし。怖いし。  意地だって悪い。  僕のことなんて、犬以下の存在くらいにしか思っていないようにすら感じる。    それでも――どうしようもなく、彼女に惹かれているのは認めるけれど……。 「自分のことを〈妾〉とか言うし、すんげぇえらそーなんだよなぁ」  心の中だけで呟いていたつもりが、いつの間にか口に出ていたようだ。  蓮は片眉を上げ、ふっと煙管をふかした。 「妾ってぇのは、ワラシ……童さ。未熟な私ってェ意味だ」 「え?」 「若ェモンは言葉を知らねェな」  じゃあなと言って、クルリと背を向ける蓮から、濃厚な薔薇の移り香を感じる。  胡蝶蘭と一緒にいたのかと思うと、身体の芯が悋気(りんき)で焦げるように感じた。
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