15 / 125

〈第一章・11〉

〈姫桜〉  間違えて入ったらおおごとだ。  僕は、自分を待っているという花姫、姫桜の部屋につけられたネームプレートをしっかり確認して、慎重にドアを叩いた。 「いらっしゃい」 「失礼いたします。うわっ」  姫桜と書かれた部屋の中は、真っ暗闇で覆われている。  うかつに踏み入ったら転びそうだ。  どうしたらいいものか分からずに、大きな声で挨拶をした。 「はじめまして、姫桜さま。わざわざお呼びいただいて、その」 「どうぞ座って下さいな、黒子さん。ああ、少しだけ待っていて下さる?」  部屋の奥でカチカチと音がして、やがてぼうっと明かりが灯った。  艶めかしい衣擦れの音がする。  しばらく待っていると、喪服のようなドレスを纏った、年齢の測りにくい美人が現れた。  美男美女の類にはいいかげん目が慣れてきているが、妙に婀娜(あだ)っぽい雰囲気がある。 「さ、どうぞ」  見事な銀髪だ。  なぜか瞳は閉じられたままだ。  彼女は柔らかな声で言った。 「あなたが新しく来たという黒子さんね。千秋さんというのでしょう?」    言いながら、僕の顔や身体を、指先でなぞる。  いきなり顔に触れられたため戸惑いながら頷くと、彼女は「おやいけない」と手を引っこめた。 「あの?」 「ごめんなさいね、私は目が見えないのです。不快でしたら謝ります、この通り」 「……! 気がつきませんでした。こちらこそ申し訳ありません」 「あらあら、あなたまでもが謝っていたら、いつまでたっても前に進まなくってよ」  姫桜はくすくすと笑いながらドアを閉める。  薄暗い室内へ導かれた僕は、許可を取り長椅子へ掛けた。 「今夜は私、とても商売繁盛で疲れてしまったから、だらしない格好で申し訳ないのだけど、少しだけお喋りにつき合って頂戴な」 「喜んで」    姫桜の緩慢な動きは、牡丹が飲まされていたのと同じ、朱い丸薬の名残りだろうか。 「売れれば、売れただけ、あの赤い薬を飲まされるんですか? それで辛いんですか」 「赤い薬? ああ」  姫桜の目は、見えないはずなのに、正確に僕を向く。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!