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〈第一章・10〉
「慣れません。僕は環境に適応する能力がそれほど高くないんですよ」
「おや。おやおや、おや。それは大変、大変だ」
「こんなおかしな場所に、そんなに簡単に慣れたら逆にすごいと思いますけど。だいたい、ここは知らないことばかりだし」
先刻見てしまった牡丹の姿を、思い出すまいと医師から目をそらした。
「君は世界の全てを知らなくては息もね、息も出来ないのかい?」
「そ、そんなこと……。全部を知るなんて、とんでもない。無理です」
医師に首を振って、手にしていたままの携帯電話をバッグにしまった。
使えないものをいつまでもいじっていたって仕方ない。
「無理です、無理です。ふむ、しかしね、私はその全部を知りたいんだよ。ホッホ。そうだ、綺麗な綺麗な花姫さんが君のことを待っているよ、姫桜 だよ、姫桜だよ」
全てを知りたい――。
途方もないことを簡単に口にする老人だ。
「はあ」と、僕は曖昧にうなずいた。
「えっと……それで、姫桜さまのところへ行けばいいんですね。知らない名前だなあ。まだお会いしたことはないです。綺麗な名前ですね」
「伝えたよ、伝えたよ、それじゃあ研究があるから私はまた出かけるとするよ」
「あの」
「うん?」
「……いえ、なんでもないです」
冷たい床から立ち上がり、お仕着せの黒衣を正した。
どうせ、聞くだけ無駄だ。
どうすれば外へ出られるのか。
たったひとつの方法とは何か。
どうして蓮は僕に『諦めろ』などと言ったのか。
どんな危険 があるのか……なんて。
怖いから、と正直に認めるのも――そう、癪だから。
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