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〈第一章・6〉

「ああここは本当に物が無くてつまらんな。用は済んだし(ねや)に戻るか」  胡蝶蘭は、さっき僕が舐めつくした己の指をぺろりと舐め、大きく背伸びをした。 「なあ」 「うん? 仕様のないやつめ。まだ足りないか」  違う、と首を横にした。 「ひとつだけ、ここから出られる方法があるって」 「なんだと。誰から吹きこまれた」 「背が高くて、こんなんやって煙管くわえてる、格好いいけど怖い兄さん」 「煙管……。(れん)だな」 「レン? へえ、あの兄さんも花の名前なんだな」 「あやつ、お見通しだとでも言いたいか。ふん、癪な」  胡蝶蘭は眉山を押さえてため息をつく。  そんな姿に胸の奥がチリチリして、つい声を荒げた。 「お見通しってなんだよ! 分かるように言ってくれ、こっちは何も分からないんだよ!」 「喧しい。怒鳴らなくとも聞こえるわ。蓮は、この館のあるじ、楼主」 「知ってるよ」  蓬髪の美丈夫の端正なシルエットが目の裏に浮かぶ。  兇悪(きょうあく)な口元までをも思い出し、ぞくりと背筋が冷えた。 「ここには何人の男がいるんだ?」 「今は五人」  医師に、岩鉄、細雪……それから、千秋。僕のことだ。 「で、蓮さん、ね。なるほど」 「昔はもうひとりいた」 「もうひとり? あのさ、会う人、会う人に、似てる似てるって言われて気持ち悪いんだけど――僕はそいつに、もうひとりに、そんなに似ているのか?」  胡蝶蘭は「失言だった」というように眉をひそめ、おおげさな素振りで辺りを見回した。 「さて、もう忘れてしまったよ。やれ、もうちっと家具でもくれてやるか。寝床だけでは過ごし難かろ。たいして役に立たない従僕でも、憐れみくらいはかけてやらんとな」 「随分な言いようだなあ、おい」
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