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〈第一章・5〉
拳が痛い。
いや、そんなことより……。
「どうして僕は帰れない!? 老いない、病気もない、嘘みたいだけど……ああ、嘘みたいだけど本当だって分かった。だけど、こんなの望んでない!」
「はははは!」
がくりと頭を垂れる僕を見て、残酷な主人は哄笑した。
「ふふ、ふふふふ」
何が可笑しい。
「ふ、はははははは……」
何が可笑しい!
「ふふふ、ふふ。さあ飲め。食事の時間だ。そもそも妾はお前のためを思って、わざわざここまで来てやったのだ。これが無くては辛かろう? 腹が減ると短気をおこすというからな」
「……っ!」
胡蝶蘭は薔薇色の唇に自身の左薬指をあてがった。
女王には痛痒などというありきたりな感覚は備わっていないのだろうか。
ちらりと見えた白い歯が、細い指先をあっさりと噛み切り、紅い滴りが垂れる。
生命の雫――花姫の蜜。
(ああ……。だから、嫌なんだ)
そう思いながらも、女王の誘惑に打ち勝つことなどできやしない。
僕はあさましい犬に成り果て、にやつく主人の足元に跪く。
真っ白な指から滴る甘い滴りを舐め、丹念にしゃぶった。
甘くかぐわしい蜜の味に陶然となる。
許されるなら一晩中、この蜜を貪りたい。
紅い滴りだけでなく、彼女の体液をもっと――あますことなく。
胸に沸き上がる仄暗い欲望を押さえつけながら、与えられた蜜を舐め終えて礼を言うと、胡蝶蘭は鼻を鳴らし忌々しげに口を開いた。
「妾はな、その牢獄に百年は繋がれている」
「百年ね……。じゃあ、あんたはいったい、幾つだよ」
「さあな」
「僕を助けたのも、百年の檻に閉じこめるためか?」
「は」
女王は口角をつり上げた。
「お前を助けたのに、理由なんかないよ。そうさな……ただ、顔が」
たまさか、妾の好みだったのさと肩をすくめた。
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