6 / 125
〈第一章・2〉
こんな世界。
おかしい〈世界〉だ。狂っていると思う。
桃源郷といえば、きこえが良いのだろうけれど――。
洋館に住み、忙しげに立ち振る舞う数少ない男たちは、全員等しく〈黒子〉と呼ばれ、その名に違わず頭のてっぺんから爪先まで、黒いスーツを義務づけられている。
黒いシャツに黒いスーツ、黒い靴下に黒い革靴。
CIAの秘密エージェントだって、これほど黒くはないと思う。
「えーと、牡丹、牡丹……ここか」
素朴な木製のドアの上に掲げられた、銀色のネームプレートを確認してノックする。
「はーい」とすぐに返事があり、先ほど文句を言いに来た栗毛の娘がドアを開けた。
素朴なドアからは想像もつかない、中国風と和風が不思議にミックスされた豪華な室内。僕は彼女と〈招待客〉の使用した寝台を眺めた。
シーツがぐしゃぐしゃに乱れている。
急いで掃除をしなくては。
ジャケットを脱ぎ、腕まくりをしていると、後ろからギュウと抱きしめられた。
「うふふ。千秋、おひさまのにおいがする」
「さっきまで洗濯物を干していたんですよ」
僕の言葉に、彼女は「そうなんだ」と笑うと、ふうっと耳に吐息を吹きかけてきた。
「ね、いいでしょう?」
「あなたに、掃除をしろと言われて来たんですけど?」
「やだあ、名前で呼んでよう。あたしの名前。ねえ、あたしは、ぼ、た、ん」
「はいはい、牡丹さま」
「それじゃあ、ダメ」
「え? じゃあ、どうしたらいいんだよ」
僕の口に、小さな人差し指を当てる。
「牡丹。誰もいないところでは、あたしのことをそう呼んで」
「分かったよ、牡丹」
「うん。うふふ、嬉しいわ。ねえ千秋、もっときつく抱いて」
「だって、強くしたら折れちゃいそうじゃないか」
折れないわよう、と言いながら、牡丹は僕の口を柔らかな唇で塞ぐ。
「――ん、ん……。ふふ。ねえ、千秋。あなたは、あのひとの生まれ変わりなのかしら? ねえ、もっとぎゅってして。抱いて」
「……あの人って、誰?」
彼女は悪戯っぽくほほ笑むが、僕の問いには答えなかった。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい
ともだちとシェアしよう!