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〈序・4〉

「胡蝶蘭さま! この者は招かれざる者、侵入者にございます。近づいてはなりません、即刻、首を刎ねますゆえ、どうぞここは」 「喧しい。騒ぐな、岩鉄(がんてつ)」  いかつい大男を一声で黙らせ、止めた歩みを進ませる。 「侵入者は処分するが決めごと、と」  痩身の男はひと言、花を踏みしめこちらへ歩み寄る人形に告げた。 「細雪(ささめゆき)。お前は、いつから(わらわ)に意見が出来る」 「申し訳ございません、胡蝶蘭さま」  人形は、畏まる男たちに男に冷たい眼差しを向け、ゆるりと僕を振り返った。 「お前」  白く細い指をさして、問いかける。 「名前は」  とっさの出来事に、僕の頭は白いままで。  ぱくぱく、ぱくぱくと、声にならない言葉を繰り返した。    なんて。  なんて美しい――。    人形が、歩く。話す――違う、彼女は人間だ。 (って。そうだ、名前。何を呆けているんだ、僕は)  相手は女の子だ。  そうだ、たかだか高校生くらいじゃないか。  いくら綺麗だからって――。 「千秋(ちあき)。千の秋と書いて、千秋……っ」  やっとの思いで下の名前だけを吐き出した。 「ちあき、だと。ふん、夏の次には、秋がくる……か」  思わせぶりな言葉を吐いて、人形はニィと笑った。  初めて見る笑顔は呆れるほどに美しく、底意地が悪そうなのに、ぞくりとするほど蠱惑的だった。 「決めた。これは、妾のものにする」  僕は頷く。  絶対に抗えないと、抗いたくないと、思ってしまったから。 「胡蝶蘭さまっ!?」    男たちが一斉に叫び、彼女は短く嘆息した。  伏せた瞼に、びっしりと長く濃い睫毛が生えている。  素なのか、口紅の色なのか……幼さの残る容貌に不釣合いな、艶かしい薔薇色の唇が「喧しい」と動いた。 「来い、千秋」 「は……っ、はい」 「お前は今日から、妾のそばにいろ」  手を引かれて、僕は。  魂までをも、捕まれた。
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