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〈第一章・32〉

 僕は頭をかいて、ラベンダーのお茶を一気に流しこんだ。  そんな僕を見て、姫桜が「どこまで喋ったかしらん」と呟いたので、彼女が貴族と出会い、大金を受け取ったあたりまでだと答えた。 「ああ、そう言われればそうだったように思います」  姫桜は、こくこく頷いている。 「それからどうなったんですか?」 「もちろんここへ」 「なるほど」  ふっと琥珀の目が開かれて、僕の顔を見つめる。  見えてはいない。  見られてはいないはずなのに――何も映さない瞳から逃れるために目を背け、固めのソファに深く座り直した。    もたれかかってくる姫桜から、優しい香りがする。    はだけた胸元。丸みを帯びた肩。  柔らかな息づかいの全てに〈おんな〉を感じる。  それなのに、劣情を催すよりも安心してしまうのは、健康な男子としては良くない傾向なんだろうか。 「私はずうっと、連れ去られたかった。誰でも良かった。苦しい毎日から、誰かが助けてくれるのを待っておりました……」 「誰でも?」 「女衒でも、鬼でも。千秋、フェアリィテイルを聞いたことは?」 「フェアリー? 妖精?」 「こんなお話ですよ。おとぎ話です」
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