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〈第一章・31〉
「いいえ。本当です。恐ろしいこと」
胡蝶蘭にそれを聞かされた時は、何でもアリな出鱈目さに、感心するより噴き出して笑ってしまった。
どういうシステムだよ、それ。
必死で働いて、食べて、生き延びていくのが馬鹿みたいだ。
賢者の石でも持っているのか、医師は、細雪は。
それから万能薬 を作って呪文を唱えて、怪しい儀式でもするんだろうか。
「目。見えるようになるんじゃないですか?」
どうして、と尋ねようとした口に優しく人差し指を押し当て、彼女は艶やかに笑った。
「……ふふ」
桜の紙巻きに火を点け、細く長く煙を吐く。
「それが終わったら、また昔話でもしましょうか。千秋の手が空いたらでかまわないから、私の部屋までおいでなさいな」
姫桜は、すとんと机から降りて「ね?」と、可愛らしくウインクをした。
*
「いらっしゃい。開いております。明かりもつけておきました」
紙巻の作成を終えて、僕はさっそく姫桜の部屋をノックした。
言葉の通りに鍵はかかっていないし、真っ暗でもなかった。
そろそろとドアを開けると、籐のソファに腰掛けていた姫桜はゆっくりと手招きをした。
「すみません、慣れないもので遅くなってしまいました」
「待つのには慣れておりますから」
姫桜は、ぐいと僕の手を引いて、僕をソファに座らせた。
笑いながら言うけれど、この花姫は呼吸をするように嘘をつくのだ。
さっき乾燥室までやってきてせっついたことなんてきっと「忘れて」しまったのだろう。
「ん? ハーブティですか、これ? 意外なものが出てきたなあ。いいにおいですね」
「下戸だと言ってらっしゃったじゃないですか」
「あ、はい」
「私が上手く淹れて差し上げられるのは、そのくらいしかありません」
「まあその、飲めなくはないんですが、嫌な思い出があってちょっと封印してるっていうか……ごめんなさい」
「謝ってばかり」
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