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〈第一章・30〉

 籠いっぱいに薔薇を摘んだので、洋館の中へ戻った。  一階の〈乾燥室〉とプレートがついている部屋に入り、青い薔薇の花びらをむしる。  この籠ごとそっくり持って帰れば、いくらで売れるかなあ、なんて考えながら。  次に作るために並べて干して、棚の瓶から加工済みのストックを出し、以前、胡蝶蘭付きの花姫に教えて貰ったように、専用の紙に包んでクルクル巻いて端っこを整えれば、紙巻の出来上がり。  あの時見た青い花弁が、まさか薔薇だったなんて思いもしなかった。    ――牡丹は今ごろ〈人形〉になって、どこからか招かれるお客さんに抱かれているのだろう。  また、ユキの玉を飲まされているのだろうか。  可哀相に……駄目だ、下衆な想像だ。 (そうだ、僕には何も出来やしないんだ)  花姫の紙巻きを作るのは黒子の仕事。  お客さんを楽しませるのが、花姫の仕事。  さっき、牡丹が言っていたじゃないか。ちゃんとやるから――と。 (そうだな。僕だって、ちゃんとしなくっちゃ)  そっとかぶりを振って、自分にできる仕事を果たすため、せっせと手を動かした。 「せいが出ますこと」  コツン。  靴音が聞こえて振り返ると、乾燥室の入口に姫桜が立っていた。  たとえるなら、中世の貴婦人――か。  顔だちの良さはいわずもがな、襟ぐりの大きく開いた、いささか刺激の強いドレスを着ている。白い肌に、くっきりと浮いた鎖骨が目を射る。  細い腰はコルセットで締めつけられ、露骨に胸元を強調していた。  幾重にもつけられたレースにフリル、たっぷりと広がるスカート。  黒一色で統一された、葬式帰りか未亡人(ひどい言葉だ)のようなドレスに、白銀の髪。 「姫桜さま。どうしてこんな所に?」 「千秋がちっとも来て下さらないから、私、もう忘れられてしまったかと思って」 「え? そんなことないです。呼んでくだされば、いつだって行きましたのに」 「あら『いつだって』だなんて嘘ばかり。私に嘘をつくと高くつきますよ?」  いたずらっぽく微笑んで、姫桜はビロードのピンヒールでコツコツと作業場に入って来た。  机の上に浅く腰掛けて、紙巻を作っている僕の方を向く。  まるで全てが見えているかのように。 「あの、姫桜さま」 「ここに来たのは久しぶりです。本当に久しぶり……。ああ、胡蝶蘭さまの薔薇の香りがします。摘みたての薔薇があるのでしょう」  僕は「ええ」と答えて、白い手に棘を抜いた青い薔薇を手渡した。 「この世のものではない薔薇の香りは、まるで甘い毒のよう」  くすくすと笑っている彼女に、ふと思いついた疑問をぶつけてみる。 「あれ? ここの医療班って、誰がどんな傷を負っても、病気をしても……っていうか、死にかけたって、完璧に治せるって聞きました。冗談ですよね?」
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