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〈第一章・29〉

「っていうか、どうして薬飲んだなんて分かったんだよ」 「そんなのすぐに分かるってばぁ。あたしだってしょっちゅう飲んでいるんだから」 「……そっか」 「あたしの好きなのはねぇ、桃かなぁー」 「牡丹が紙巻を吸うのって、ちょっと似合わないような気がするなあ……。あ、ごめん、ごめん。そうだ、今、紙巻ある?」 「なによう、それぇー。あるわよ」  牡丹は「はい」とドレスの隠しポケットから紙巻を取り出し、手渡してくれた。  礼を言ってから一本だけ分けて貰って、甘い煙を軽く吸い込んだ。  想像したよりずっと優しい香りに包まれる。 「桃の味がする。煙たくもないや。すごく甘いね」 「まだ、頭痛い?」 「あれ? 全然だ。良くなってる」 「でしょう、うふふ。胡蝶蘭さまに飲まされたの? どんな悪戯したのよ」  言いたくない。  思い出しただけで、頬が熱くなる。 「……はあ、ちゃっちゃと摘んで戻ろっと。牡丹? 手伝ってくれないんなら邪魔しないでくれよ」 「うー、やるもん」  花の群れで舞う蝶のように、ふわふわとはしゃいでいた牡丹は文句を言いながらも丁寧に花を摘んで、籠の中に入れてゆく。  しばらくの間、黙ったまま薔薇を剪定していたら、細雪が姿を現した。  彼は淡々と告げる。 「牡丹さま、お客さまがいらっしゃいました。直ぐにお戻り下さい」 「ええ? もう?」 「お前、牡丹さまをわざわざこんな所までお連れしたのか」 「は?」  僕は細雪に睨まれる理由が分からず、胡蝶蘭の薔薇を抱えたまま身構えた。  あの夜のように帯刀こそしていないとはいえ、細雪の習得しているであろう武術は、刀剣類のみとは限らないのだ。  そりゃあ、敵わないに決まっているけれど、僕だって中学生の頃は空手を習っていたんだ。 「あの、違うの。あたしが無理についてきただけなの。ちゃんとおつとめするから、今日来てくれるのは笹山さまだから。怒らないで、お願い!」 「そうですか。それならば」  細雪はフイと僕から視線を外し、牡丹の手を取って連れて行く。 〈ごめんねぇ〉  一度だけ牡丹が振り返り、申し訳なさそうな目をした。 〈いいよ。いってらっしゃい〉  そんな彼女に精一杯のほほ笑みを返し、手を振って見送った。
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