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〈第一章・27〉

 頭上に広がっているのは、紛れこんでしまった夜とは大違いの、雲ひとつない、晴れ渡った高い空。    この空はどこまで続いているのだろう。    朝がきて、ちゃんと太陽は真上まで昇って……。  夕暮れがきて、夜がきて、また朝がくる。  雨だって降るし、雷が鳴るときもある。  空だけは、僕の住んでいたあの町と何ひとつ変わらない。    それなら、おかしいのはやはり、の方か。 「……」  無限に狂い咲く花々を眺める。  遠く、遠くまで広がっている色とりどりの花の群れからは、やはり噎せかえるほどの香気が漂っていた。  ――確かにこれは〈毒〉になりそうだ。 「凄いな……」 「ねえ千秋、胡蝶蘭さまの薔薇は、あっちよ」  牡丹が、くいと黒衣の裾を掴んだ。 「うん、ありがとう。え? な、あれ……!?」 「綺麗でしょう。ホントは、ないはずの花だって、えへへ。岩鉄の受け売り」 「青い薔薇――!!」  僕は、太陽の光を受けて生き生きと根付くそれを見つけ、籠を落としてしまった。  園芸なんて何も知らないけれど〈青い薔薇〉というのは〈不可能〉の代名詞だ。  薔薇を愛する好事家が、遺伝子、生物学者が求めてやまない花。  ニュースでいつか見た〈青い薔薇〉は、それはそれできれいだったけれど、青色というより青紫色じゃないかと思ったものだ。 「凄い……。なんだよ、これ……」  地上には存在しないはずの鮮やかな青い薔薇は、隠れることなく堂々と根を張り、数えきれないくらいのつぼみを、花をつけて、誇らしげにそこにあった。  この異形の、けれど、ひとめで心を鷲掴みにする――晴れた空の、空を映して広がる海みたいな、鮮やかな青い薔薇は、きっとここでしか咲けないのだろう。  根拠もなく、けれど確信してしまう。  幻想の青い薔薇。  花弁から濃密にたちこめる、胡蝶蘭(あのひと)の香り。  むごい仕打ちを受けたばかりだというのに、胸が締めつけられた。
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