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〈第一章・19〉

 薔薇をかたどったランプの青い光が、ほんのりとあたりを照らしている。    ここは胡蝶蘭の寝室。  むきだしの床にそのまま眠る日々に腰を痛めてしまったと伝えたら、「家具が届くまでは仕方ないな」と、同衾(どうきん)を許されたのだ。    同衾とはいえ、色っぽい雰囲気はない。 〈同じ寝具を使っている〉、ただそれだけだ。  胡蝶蘭は、ひと一人ぶんほど間を空けて、柔らかなスプリングに身体をゆだね、黙々とレース編みをしている。  目を開けてじっと彼女を眺めていると、レース編みの手を止め、青い瞳がこちらへちらりと向けられた。 「どうした。顔色が良くないな」 「ん……。悪い夢でも見たのかな」  ぼんやりと答えると、すぐにつまらなさそうに僕から目を逸らし、再び白い糸を繰る。  細い指先がくりくりと器用に動く。  丸い敷物のようなものがどんどん出来ていく。  蜘蛛みたいだと思ったけれど、もちろんそんなことは口にしない。    和風にも中国風にも感じる室内を、そっと見回した。  胡蝶蘭が着る衣装も和漢折衷が多いから、きっとこれは部屋の主の趣味に違いない。  白を基調とした壁紙、天井にはゆったりとした速度で木製のシーリングファンが回っている。  青色の淡い光に浮かび上がる小さめの箪笥に、紫檀(シタン)の衝立。  ブラウンラタンとガラスのテーブル、座り心地の良いソファ、毛足の長いカーペット――。 「千秋」 「ん、なに?」  僅かな衣擦れの音を立て、こちらへにじり寄る。  花と甘さが複雑に絡んだ濃密な香りがした。胡蝶蘭のにおい――。  心臓がたちまち沸き立つ。  頭の中が真っ白になり、折れそうな身体を強く抱きしめる。 (ああ……こんなこと、してはいけないのに……)    思っても思っても、理性がどこかへと吹き飛んでいるらしく、抱きしめる力はいっこうにおさまる気配がない。 (駄目だ、駄目だ、分かっているのに)
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