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下女たちの肌が白くなった理由(番外編)

「……なんか最近キレイになってない?」  久しぶりに会った、他の宮で働いている下女が言う。劉鈴(リュウリン)はドキッとした。 「……そうかなぁ」 「なーんか四神宮にいる子たちってみんな見る度にキレイになってくのよね。やっぱ四神って近くにいるだけで御利益あんの?」  下女や下男の中には四神をそれほど信じていない者もいる。おそらく仕えている主人の問題もあるだろうがとんでもないことだと劉鈴は思っていた。 「……御利益とか……仕事があるだけいいかなって」 「そうね。侍女とかに当たられなければ悪くないわ」  そう言ってその下女は足早に立ち去って行った。劉鈴は内心胸を撫で下ろした。  下女や下男というのはいわゆる下働きで、貴人の目に触れることはまずない。洗い物や厨房の手伝い、掃除や力仕事などしなければいけない仕事は多岐に渡る。過酷ではあるが衣食住は保証されているので劉鈴に不満はない。ただ宮によっては侍女や侍従などにきつく当たられることもあるそうで、それは気の毒だなと思うのだ。  その点四神宮は恵まれていると劉鈴は思う。四神の花嫁が四神宮に来てから彼女たちの職場環境はとてもよくなった。それまでは仕える主がいなかった分、人も少なく仕事のきつさは可もなく不可もなくというところだった。しかし、1年に数日だけ訪れる四神の為だけに毎日庭を掃き清めたりすることに飽いていたのもまた事実だった。四神がいつ訪れてもいいように、と四神宮の隅の隅まで掃除する日々。どうせ春節の始めにしかこないじゃないかと手を抜こうと考えたこともあった。だが四神がいるからこそ得た職である。王城の仕事は下男下女といえど人気職で、とても出稼ぎの田舎娘などが得られるものではなかった。しかしどういうわけか四神宮はそれほど人気がなく、劉鈴はどうにか勤めることができたのだった。  人気のない理由はすぐに知れた。みな王城には一攫千金、というほどではないが何かしらの繋がりを求めてやってくる。例えば女性であれば身分のある人に見初められることを夢見て。そんなことは万に一つもないだろうが王城に勤めればもしかしたら、と思ってしまうのかもしれない。下男下女でもうまくいけば身分がある人の側仕えに取り立ててもらえるかもしれない。それには主が普段いない四神宮では駄目なのだ。おかげで王城での仕事を得たのだから劉鈴からしたら万々歳である。  劉鈴は五人兄弟の四番目だった。王都に比較的近い石家荘(シージャージュワン)の農家の出身で、食べることはどうにかできていたがとにかく家に居場所がない。小さい頃から近所の子守や田んぼの手伝い、山菜採りなど忙しなく働き、このままいけばどこかの家に嫁いで母のように子どもを沢山産み育てることになるのだろうと思っていた。けれど劉鈴は王都に憧れていた。幸い石家荘は王都からそれほど遠くない。ただし王都へ出稼ぎに出るならばそう簡単に帰郷はできない。夢破れて戻ってきたとしても劉鈴はどこかへ嫁ぐ以外に道はないのだ。たまに王都からやってくる人を捕まえては話を聞き、彼女が王都へ行くことを決意したのは十二歳の頃だった。  兄弟たちは劉鈴をバカにした。どうせ一年もしないうちに逃げ帰ってくるか、王都で悪い人間に捕まって行方不明になるのが関の山だと。そうは言っても本気で止めてくれたのは母ぐらいで、劉鈴はもう王都へ行くことしか考えられなかった。乗合馬車に乗って三日、劉鈴は憧れの王都に辿りついたのだった。そこで遠い親戚の家で手伝いをするうちに運よく王城で下男下女を募集しているという情報を得、駄目元で応募して今に至るのである。  さて、四神宮と他の宮の雇用環境の違いについて述べよう。  四神の花嫁が来る前は基本他の宮と待遇は変わらなかったはずである。けれど春節にしか訪れないはずの四神が一堂に会し、花嫁を迎え入れたことで職場の人員も増えた。それからしばらくもしないうちに下男下女も湯を使うようにというお達しが出た。 (お風呂?)  四神宮の中には二か所湯殿がある。四神や花嫁が使用した後の湯は使用人寮の風呂場に運ばれ侍従や侍女が使った後は洗濯に回される。つまり下男下女に湯を使う権利はないのだ。それでも清潔であることは求められるので体を拭く為の湯はもらうことができる。だがそれだけでは足りないと花嫁が言っているらしい。どういうわけか四神や花嫁が使った後の湯はとても綺麗で、侍従や侍女が使った後でもそれほど汚れはない。花嫁のお達しにより、劉鈴は初めて石鹸で綺麗に身体を洗われ、毎日湯に浸かれるという貴人のような扱いを受けられるようになったのだった。  真っ黒だった劉鈴の肌は本来の健康的な色を取り戻し、夜中とはいえ湯につかれることで身体の調子もとてもいい。しかもその湯を使っているうちになんだか肌が白くなってきたように思えるから不思議だった。 「……ねぇ、私の気のせいならそれでいいんだけど」  と前置きして他の下女が躊躇うようにそのことを指摘してきたことに、みな同意した。 「そうよね! なんだか私も白くなってきたような気がするのよね! しかも最近肌の張りまでよくなってきたような気がするんだけど貴方たちはどう?」 「そうね……暖かくなってきたからかなとは思ったけど……」 「絶対それだけじゃないわよ! だって私たち花嫁様が使われた湯に入ってるのよ!」  そう言われてみるとそうかもしれない。劉鈴はふと、たまに見かける侍女たちが以前より綺麗になっていることを思い出した。仕える主が来たことで張り切っているのだろうと我が事のように嬉しく思っていたが、もしかしたら花嫁の入浴した後の湯が関係しているのかもしれない。だからどうだというわけではないが、彼女は真相が知りたくてしかたなくなってしまった。  四神宮を統括しているのは主官である趙文英だが、ちょっとしたことを尋ねるとしたら侍従か侍女である。下男下女は基本貴人の前に姿を見せてはならない。特に劉鈴は下っ端も下っ端なのでたまに侍女が様子見に顔を出してくれた時捕まえるしかなかった。  そうして侍女の訪れを待っていたある日、四神の花嫁の部屋付の侍女が顔を出した。林雪紅(リンシュエホン)という綺麗な名前を持つその侍女も年若いせいか、なにかと劉鈴を気遣ってくれる。 「最近どう? よく寝れてる?」 「はい、おかげさまで……」  四神宮で改善されたのは湯を使うことだけではない。どうせ清潔にするならばと下男下女の衣類も全て交換され、部屋の寝具なども一新されたのだ。何十年も使われ続けてきた寝具はたまに洗うものの汚れも匂いもあってずっと使い続けたいとは到底思えないものだったのでみなとても喜んだ。体の調子がよくなったり、皮膚が本来の色を取り戻したのはそれらが関係しているだろうが、肌が白くなっていることについては説明がつかない。 「あの……聞きたいことがあるのですが」 「なあに?」  逸る気持ちをどうにか抑え、劉鈴は冷静に冷静に、と自分に言い聞かせた。 「最近、そのう……肌が白くなってきたような気がするんです。みんなでその話をしてて……」  もしかしてお風呂の湯が関係しているのかとは直接は聞けない。同僚たちも興味津々で林の答えを期待しているようだった。林は一瞬戸惑うような表情をしたが、優しく笑んだ。 「ねぇ、その話……他のところでもした?」 「い、いえ……ここだけですけど……」  笑んでいるはずなのになんだか怖い。劉鈴は背を冷たい汗が伝うのを感じた。 「それで、もし貴方たちの肌が白くなってきているとして、その理由を知ってどうするの?」 「いえ、別に……」  劉鈴はただ知りたいだけだった。もし花嫁のおかげであるなら、お目見えすることはかなわないが毎日こっそり四神宮に向かって拝もうと思っていたぐらいである。 「……四神の力は計り知れないわ。側にいるだけで私も調子がよかったりするから、そのせいかもしれないわね」  林の笑みが深くなる。あ、これまずいやつだ、と劉鈴はやっと気付いた。 「そ、そうですね! 四神宮の中の空気もなんだか違う気がしますし! 四神ってやっぱりすごいですね!」 「そうね。また何かあったら遠慮なく聞いてちょうだい」 「は、はははい!」  林は優雅な所作で踵を返すと戻っていった。周りで固唾を飲んでいた同僚たちと同時にほーっと息を吐き出す。そして顔を見合わせへへへへーっと笑った。  どうやらお風呂のお湯の話は禁句らしいということを理解し、同僚たちと互いに目配せしあった。それからはたまにこっそり話し合うぐらいだった。  それからしばらくもしないある日のこと。 「ねえ、聞いた?」 「なんですか?」 「どうもここの下男がね、風呂のお湯をこっそり持ち出そうとしてたらしいの」 「ええっ!?」 「しーっ!」 「あ、すいません」 「多分売ろうとしてたんじゃないかっていうのよ」 「そんな……」 「もちろん捕まって牢屋行きですって」 「ですよねぇ……」 「もしかしたら、四神の花嫁様の美容液! みたいなこと言って王城の外で売りさばこうとしてたのかも……」 「ああ……」  同僚たちと話をしながら、だから林ははっきりしたことを言わなかったのだろうと合点がいった。  世の中には曖昧にしておいた方がいいものもあるのだと劉鈴は学び、一つ大人になった。
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