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第6話 心のぬくもり
「無理して起き上がらないで! ようやく熱が引いたって言っても、まだ風邪が治ったわけじゃないんだから」
気づくと、女がひどく慌てた様子で、こちらへ駆け寄って来る姿が目についた。
何故かプリプリ怒り、アメリ―を半ば無理矢理ベッドに寝かしつける。
どこか満足げにフンと鼻を鳴らすと、彼女の手により、首元までしっかり掛け布団をかけられた。
「…………」
声をかける暇すらない早業と迫力に、アメリ―はただ唖然とするばかり。
「ちょっとごめんなさい。……うん、熱がぶり返したりはしてないね。良かった良かった」
そっと額に触れる他人の手。それは、久しぶりに感じる人のぬくもりだった。
「……あの」
「はい?」
「知っていることだけで、構いません。私が……ここに来てからの事を、教えてもらえませんか?」
数秒で離れていくぬくもりを追いかけるように、こちらを見つめる女の顔を見上げる。
口を開けば、掠れきった聞き苦しい声が漏れた。しかし今は、そんな事など気にしてなどいられない。
頭の中を占領する疑問の数々を解消するため、アメリ―は貪欲に情報を欲した。
その後、アメリ―はベッドに横たわり女の話に耳を傾けた。
オルガ・アルシェと名乗った彼女は、この城内で使用人として働いているらしい。
今日まで約三日、風邪で高熱を出した自分の看病をしてくれたそうだ。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ないです」
「いえいえ、全然平気ですよ! 看病って言っても、あたしは大したことしてないですし」
そう言って彼女は、こちらが気の抜けるような笑みを浮かべ、「あたしはただポーラの指示通りにやっただけだし」と気恥しそうに呟く。
これまでアメリ―が接してきた人々は、そのほとんどが自分より十も二十も年上な大人ばかり。
ごく稀に同年代と思しき人間はいたものの、それは皆男だった。
屈託のない笑みを浮かべるその顔には、どこか幼さが残り、歳の頃は同い年、もしくは年下にも見える。
そんなオルガは、アメリ―にとって、出会ったことのないタイプの人間。
彼女の笑顔を見るたび、胸が不思議とむず痒くなり、それは言葉を交わすうち小さな戸惑いへ変化していった。
情報が欲しいと言うアメリ―の言葉に、オルガは嫌な顔一つせず懸命に答えてくれた。
その最中、先程オルガと一緒にいたもう一人の使用人女性が戻ってきた。
水差しとコップ、そして水がはられた桶やタオルなど、何やらたくさんの荷物を積んだ台車を押し、室内へ足を踏み入れる。
「初めまして。私は、ポーラ・マニアンと言います。えっと……喉、乾きませんか? 少しお水を飲んで、その後、身体を綺麗にしましょう」
そう言って、遠慮がちに自己紹介をする彼女の第一印象は、オルガより大人しそうな女性という単純なもの。
「えっと……アメリ―と言います。有難うございます……その、色々と」
差し出されたコップを受け取り、二人に倣いペコリと頭を下げる。
ただ名前を口にし、頭を下げただけにもかかわらず、彼女達はとても嬉しそうに微笑み、その瞳をキラキラと輝かせた。
(う、わぁ……)
これまでにない反応に、新鮮味を感じる反面、心の中に大きな戸惑いがうまれる。
強面の大男や高飛車な中年女、どんな人間が相手だろうと、常に狼狽えぬよう心掛け、相手の瞳を真っ直ぐ見つめ対話してきた。
依頼内容に見合う報酬をしっかりともらえるかという、日々の生活に直結する問題に、アメリ―は一瞬たりとも気を抜いたことが無い。
しかし今、いつも交渉時に感じる緊張は無い。
こちらが相手に何らかのものを提供するわけでもないのに、彼女達は自分に優しくしてくれる。
その理屈を理解しようにも、過去同じような経験をしたことは無く、比べられるものをアメリ―は持っていなかった。
気を失っている間に着替えさせられたのか、アメリ―が身につけていたのは簡素な夜着だった。
普段身につけている服は、着替えも含め数着分しか持っておらず、日々洗濯をし着まわしているため、生地の傷みは激しく、所々ほつれている箇所がある。
そんなボロい布地と比べれば、ずっと着心地が良い。譲ってもらえないかと、本気で考えそうになる。
「じ、自分で拭くからっ!」
「無理して動く必要はありませんよ」
「そうそう、あたし達がちゃんと拭いてあげますから。はい、両手をあげて!」
しかし、そんな俗念からくる思考を邪魔するのが、二人のメイドだ。
大人しいと思っていたポーラの手により、あっという間に夜着は脱がされてしまい、気づいた時には上半身裸の状態だった。
反対側では、桶の上で水気を絞ったタオルを手に、何やら指示をするオルガの姿が目につく。
アメリ―は咄嗟に掛け布団を手繰り寄せ、露わになった肌を隠す。その顔に、とりわけ頬にほんのりと熱が帯びていく。
他人に身体を拭いてもらった経験のない彼女にとって、目の前にいる二人が不思議と悪魔のように見えた。
抵抗も虚しく、着せ替え人形と化して数分。最初は口数が多かったメイド達は、徐々に静かになっていった。
(一体、どうした?)
不思議に思い、背中を拭くポーラと、腕を拭くオルガを交互に見つめる。
水だと思っていた桶の中身はどうやらお湯だったようで、肌にピタリと触れるタオルはじんわりとあたたかい。
「……アメリ―さん。背中……痛くない、ですか?」
「腕とか足も……力が強かったら、遠慮なく言ってください」
背後からは弱々しい声が、真横からはどこか慌てた様子の声が聞こえてくる。
特に痛みなど感じておらず、二人が何を言わんとしているのか、アメリ―にはわからなかった。
口数が減り始めたのは、背中や腕、足を拭き始めてからだ。
目の前に散らばる情報の欠片を拾い集め、しばし頭を悩ませる。
(あぁ、なるほど)
そして彼女は、一つの答えにたどりついた。
「傷跡のことなら、気にしなくていい。どれも古傷ばかりだ。ちょっとやそっとのことじゃ、痛みなんてもう感じないから」
先程までと違う態度の原因は、きっと自分の身体中に出来た傷跡のせいだろう。
まだ幼かった頃、修行の最中に負ったたくさんの傷。まだ仕事を始めたばかりの頃に出来た傷。
至る所に出来たそれらに、きっとオルガ達は怖気づいたのだろう。
女の身で日々剣をふり回している者など、人生でそう出会う人間など居ないのだから。
「……は、い」
「わかり、ました」
少し間をおいて聞こえてきた弱々しい声。
その後、「大丈夫だ。もっと強く擦っていい」と何度口にしても、メイド達の手つきはいつまでも優しくこそばゆいものだった。
ポーラが台車に乗せ運んできた洗濯したての夜着に袖を通すと、ほのかに石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。
「手間をかけさせてしまってすまない。あと……怖がらせてしまって、申し訳ない」
アメリ―は改めて二人の顔を正面から見つめ、ベッドの上で深々と頭を下げる。
「えぇ! あ、あの、頭をあげてください! 全然手間なんかじゃないですから!」
「そ、そうですよ! えっと……少し、吃驚しただけですから。謝らないでください!」
すると、間髪入れず聞こえてきたのは、頭上から降り注ぐひどく慌てた声だった。
恐る恐る顔をあげれば、視界に飛び込んでくる二つの顔。
あまりにその距離は近く、三人は数秒互いの顔を見つめ合った。
「……ぷっ。はは、あははは!」
「……っ! へへっ」
「……ふふっ」
その光景は、他人から見ればひどく滑稽に見えるかもしれない。
頭の片隅で不意に気づいた現実に、アメリ―は我慢が出来ず噴き出してしまい、続けて大きな声で笑う。
そのまま、オルガとポーラもついつられてしまったのか、表情を緩め笑い声を発する。
今しがたまで漂っていたどこか暗い雰囲気を吹き飛ばす程の声が、室内に明るく響き渡った。
思いっきり笑いあったおかげか、気づくと三人はすっかり打ち解けていた。
その後も、甲斐甲斐しくメイド達はアメリ―の世話を焼いてくれる。そのお供は、最初の頃とは違う少し砕けた話し声。
少しでも食べられそうなら、何か胃に優しいものを持ってくる。そんな話をしていた時、コンコンと数回扉を叩く音が聞こえた。
「……? はーい、今開けます!」
いち早く反応したオルガが、扉の向こうにいる人物へ声をかけ、足早に近づいていく。
「何か、嫌いなものとか、食べられないものはある?」
「いいや、特に好き嫌いは無い。大抵のものなら食べられる」
彼女の後姿を見送りつつ、アメリ―はその場に残ったポーラと会話を続ける。軽く首を横にふると、ふわりと微笑む笑顔が目についた。
緊張感の張りつめた空気、どんよりと沈んた空気、そして和気あいあいとした明るい空気と、大して時間は経っていないというのに、この室内は様々な色に染まり、瞬く間に変化していく。
殺伐とした世界に身を置いてきたアメリ―にとって、それらは戸惑いと一緒に不思議な心地良さを与えてくれている気がした。
「談笑している所申し訳ないが……少し、いいだろうか?」
そんな陽だまりのような空間に、一粒の氷が落とされる。
酷く冷たい印象を与える声が聞こえ、ふり向いた先にいたのは眼鏡をかけた男。
後ろには、目を伏せ不安げにこちらを見つめるオルガと、ぼんやりではあるが廃墟で見覚えのある男が佇んでいる。
「ル、ルノー様っ」
つい先程まで言葉を交わしていたポーラも、大きく目を見開き眼鏡の男を凝視している。
「……?」
和やかな空間をぶち壊した男達の登場に、アメリ―の脳裏に新たな疑問符が浮かび上がった。
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