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第3話 初めての失態
ただでさえ頭が痛いというのに、視界から飛び込む情報が痛みをさらに悪化させていく。
目の前にはこの数か月共に生活してきた男達。そして彼らを捕らえる騎士達の姿。
仲間同士の小競り合いや他の盗賊による襲撃よりも恐ろしい現実が、今目の前で起こっている。
「っ、アメリ―、助けてくれ!」
「……? アメリ―……って、えぇ! 女!?」
驚きの連続に、思考速度が追いつかず頭の中を白い靄が漂う。
そんな時、助けを求める声が聞こえ、慌てて向けた視線の先には、苦痛と涙を必死に堪えるハンスの姿があった。
彼はこの一味の中でも下っ端中の下っ端らしく、よく他の男達から雑用を押しつけられていた。
それでも笑顔を絶やさず働く姿を、これまでアメリ―は何度も見てきた。
男達の輪に入らず、いつも一人で過ごす彼女に何かを声をかけ懐いてきたのも彼だった。
ニコニコと目を細めていたその顔が、今目の前で苦痛に歪み助けを求めている。
ハンスだけではない。他の仲間達も皆、抵抗するも力及ばず屈していく。
「……っ!」
途切れてばかりだった思考回路がようやく繋がると、アメリ―は佩 いていた剣を引き抜き、力一杯床を蹴るとハンスを捕らえた騎士のもとへ走り出した。
そのまま相手の急所目がけ切りかかるが、横から割り込んできた刃がそれを邪魔する。
剣と剣がぶつかる甲高い音。耳障りなそれをすぐに脳内から排除するが、目の前の光景は一瞬のうちに様変わりしていた。
今しがた切りかかろうとした男は、何故か地面に尻もちをつきこちらを見上げ唖然としている。
そして、彼に代わりアメリ―と剣を交えているのはまた別の騎士。冷徹な視線が鋭くこちらを見つめていた。
「フーゴ、何をしている! どんな時でも油断をするなといつも言っているだろう!」
「いきなり女の子が切りかかってきたら、誰だって驚くっすよ!」
男は視線を動かすことなく、背後にいる仲間を怒鳴りつける。そしてフーゴと呼ばれた男は、自分に非は無いと主張するが、それは虚しく廃墟内に木霊するだけ。
「……ちっ」
風邪の影響なのか、いつもより身体が重く、俊敏さが欠ける気がした。体調の変化がここまで仕事に影響を及ぼすなど、初めての経験だ。
一発で仕留められず、苛立ちを感じながらアメリ―はわずかに剣を引く。そして、すぐさま胸元に忍ばせていた短剣を抜けば、対峙する男へ新たな攻撃を仕掛けた。
「……っ、と!」
今度こそと思いきり腕を振りかぶるも、手中の刃は空気を虚しく切り裂いていく。
(……くそっ!)
これまでに経験したことの無い失態続きに、苛立ちばかりが募る。
気づけば、いつの間にかフーゴは立ち上がっていた。そばには、すっかり両腕を拘束されたハンスが力なくたたずんでいる。
そのまま周囲を見渡すと、見知った顔は全員が捕らえられ、数人の騎士の視線が自分へ向いていた。
アメリ―にとって、不測の事態がこんなに続く日など初めての経験だった。
盗賊とは言え、仮にも今自分は彼らに雇われている身。それを決して忘れてはいけない。
そう何度も心の中で言い聞かせながら、打開策を必死に模索する。しかし、頭痛のせいで頭の回転はかなり鈍い。考えれば考える程、痛みは酷くなる一方だ。
「お嬢さん……悪いことは言わないから、とりあえず剣をおさめて……は、くれないわけね」
新たに聞こえてくるのは、やけに親しげな声だった。急いで睨むように視線を送ると、肩をすくめ乾いた笑いを浮かべる男の顔が目につく。
多勢に無勢とは、きっとこういう状況を言うのだろう。
「アメリ―、さっさとそいつらを片付けろ!」
騎士の言う通りにする方が得策だろうか。そんな想いをぼんやりと抱きながら、尚も頭をひねるも考えはまとまらない。
考える行為自体に苦痛を感じ始めた頃、アメリ―の耳に盗賊リーダーの声が届いた。
「……っ! 状況見てから喋れ!」
己のことしか頭にない言動に、頭の中で何かが切れる音がする。
そのまま感情を剥き出しにして声を荒げると、視線が次々と自分へ向くのが嫌でも目についた。
大声を発したせいか、一際強い頭痛に口元が歪む。
普段相手にしている盗賊とは名ばかりの素人集団なら、今の状態でも勝算はあるだろう。
しかし、今目の前にいるのは国に仕える騎士。実力が違いすぎる。
(ああ、もうっ!)
何もかもが思うようにいかない苛立ちに、仕事を引き受けたことを初めて後悔した。
その場にいる全員が無言で状況を模索していると、シンと静まり返った廃墟に一人の足音が響く。それは、徐々にこちらへ近づいてくる様だ。
すると、その場から動かずアメリ―を警戒していた騎士達が、困惑の表情を浮かべ次々と頭を垂れ始めた。
(……?)
その光景を不思議に思っていると、足音の主は彼女の前で歩みを止める。
「ほう……お前か。噂の用心棒とやらは」
真上から自分を見下ろす視線にゆっくりと顔をあげる。そこには、どこか楽しげな視線を向ける男がたたずんでいた。
見知らぬ男の登場に、彼方へ消えかけていた緊張が舞い戻る。即座に剣を構え直せば、まるで彼を庇うように二人の騎士が前へ飛び出す。
「陛下、いけません! 御下がりください」
「……は?」
今度は向こうから攻撃を仕掛けてくるのだろうか。そんな予想を即座に打ち砕く言葉が聞こえてくるまで、そう時間はかからなかった。
具合が悪すぎて、ついに幻聴まで聞こえるようになったかと、自分の耳を疑いたくなる。
頭の中に浮かぶ大きな疑問符に、口から間抜けな声が零れた。
聞き間違いでなければ、騎士の一人は間違いなく“陛下”と言った。
陛下が示す意味、それはこの国を統治する国王ということだ。
その立場上、多忙であることくらい、一般国民のアメリ―にだって理解できる。
きっと、日々国のことを考え様々な仕事をしているのだろう。
(そんな人が、なんで……)
国王が盗賊捕獲の場に居合わせる理由。それは、いくら考えても答えの出ない大きな謎として脳内を圧迫していく。
「……っ……はぁ」
そのまま、徐々に呼吸が辛くなり視界がゆっくりと霞んでいくのを、わずかに残った思考力で理解する。
普段とは違う緊張、そして無理に体を動かしたせいかもしれない。
持っていた剣を杖がわりに立つも、その体勢すら辛く、ゆっくりと頭が前方へ傾いていく。
(あぁ、もう……駄目だ)
次に目を覚ますことはあるのだろうか。あったとしても、そこはきっと檻の中。
熱に浮かされ意識を失ったアメリ―は、そのまま床板へ倒れる体を抱きとめた者が居るなど知らない。
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