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第2話 盗賊と警備部隊

 雨風をしのげる寝床と最低限の食糧、そしてわずかな金を貰いその日暮らしを続けて早数年。  本人の知らぬ間に、用心棒アメリ―の名は王都だけではなく近隣の市や街にまで広まっていた。  しかし、人の噂には色々と余計なものがつきまとうのが常だ。  男にも負けぬ大柄な女、用心棒と言いながら男を食い物にしているなど、彼女の姿を知らぬ者達は面白おかしく騒ぎ立てる。  無数にあるそれらの中で、本人の耳に届くものなどごく僅か。  もし届いたとしても、訂正するわけでもなく放置を決め込むのが彼女なりの処世術。  人の噂も七十五日。顔も知らぬ女についてなど、皆すぐに忘れてしまうものだ。  アメリ―が盗賊のアジト警備を始め、すでに数か月。  当初は、女だからと男達の不満がすぐに爆発するものと思っていた。  しかし、いざ仕事を始めてみると、そうという訳ではないらしい。  多少の小言は連日耳に入ってきたが、いまだ契約終了の話を持ち出されたことはない。  活動時間は主に深夜から朝方にかけて。  男達が盗みを働いている時に、アジトである廃墟に残り盗品を守るのが主な仕事だ。  たまに、他所の連中から盗品と男達を守るなんてこともしている。  最初は同類ということで下っ端連中が相手をしていたが、長引いてばかりの状況を見かね、アメリ―がものの数分で敵を一掃したのが始まり。  そんな出来事をきっかけに、追加料金込みで契約内容を更新され、盗賊達の態度も変わったように思えた。  男達と慣れ合わず、ただ淡々と己の仕事をこなす毎日の中で、変化の兆しはある日突然あらわれた。  それはある朝方、一仕事終え、仮眠を取ろうと宛がわれた部屋へ向かう途中。  話があるとリーダーに呼び止められ、初日に対面した部屋へ連れていかれた。  どうやらあそこは、盗賊の頭個人としての部屋らしく、時折数人の仲間達と酒を飲んでいる姿を見かける。 「アメリ―。俺達はそろそろ次の街へ移動しようと思う。これ以上ここに居ると、警備部隊に嗅ぎつけられるからな」 「……そう」 「どうだ? お前も一緒に来ないか? 報酬はもっと増やせるぞ」 「ここを離れる気は無い。だから、私の仕事は近々終了ということで」  突然の勧誘に驚きもせず、数回首を横にふり申し出を断ろうとした時、黙ってこちらをジッと見つめる男の視線に気づいた。  特に言葉を返すわけでもなく、無言のまま互いを見つめること数秒。  目の前にある口元が、ニヤリと気味悪く口角をあげる。 「理由、本当にそれだけか?」 「……?」 「ここを離れたくない。俺達と来ない理由は、本当にそれだけかって聞いてるんだよ」  問われている内容を理解出来ず、思わず首を傾げると聞こえてくるのは少しだけ鋭い声。  冷静であれと頭の中で唱えながらも、鼓動はいつもより速い気がした。 「まさかお前、今更怖気づいたりしてねぇよな? 自分は盗賊の仲間になんかなりたくないとでも思ったか?」  男がゆっくりと近づいてくる。一歩、また一歩とその歩みを進めるたび、二人の距離は縮まっていく。 「なぁ、アメリ―……わかってんだろう? 俺が報酬にやったお宝、ぜんぜん手をつけてないみたいだが……そんなこと無意味だって。お前が毎日食ってるパンも飲み物も、肉や魚も……俺達が手に入れた金で調達してるんだ。……お前はもう、俺達の立派な仲間だぞ」  耳元で妖しく囁かれる声と、耳たぶから全体を這う生ぬるく気色悪い感触。  普段の仕事時には感じない気味悪さが、全身を這いずりまわり、空っぽの胃からこみ上げる吐き気へ変わった。  三日後。朝方まで仕事をし、与えられた部屋休息をとるも、アメリ―の意識は朦朧としていた。  どうやら風邪を引いたらしく、身体の火照りと咳、そしてこの上ない倦怠感が続いている。 「……はぁ」  簡素なベッドに横たわったまま吐く息まで熱を持っている気がして、気分は下降する一方。 (風邪なんか……引いたの、いつぶりだろう)  幼い頃は些細なことですぐ体調を崩していたが、年月が過ぎるにつれ自然と体は丈夫になっていった。  フワフワと宙を漂う意識の中、ここ十年近く不調など無かったと確信にも似た想いを抱き、ゆっくりと夢の世界へ落ちていった。 (……?)  意識がゆっくりと浮上する感覚と共に、アメリ―の耳は微かな音を拾っていく。  しかし、それらが何を意味しているのかはわからず、具合の悪い現状感じるのは不快の一言に過ぎない。  いつの間にか眠っていたようだが、己の身体に関するものが好転したわけではないらしい。 「……っ」  重い身体を無理矢理起こし、勢いよく顔をあげる。ズキンと痛み頭を押さえながら、思い通りに動かない手足を苛立たしく睨みつけた。 「……っ! ……せぇ!」 「……だ。……が……ろ!」  ベッドの上に起き上がると、体調不良と寝起きで不鮮明だった意識が少しだけスッキリする。  そして、目覚めてから絶え間なく聞こえる微かな音が声だと認識する。しかし、扉の向こうから聞こえてくるそれらの詳細まではわからない。  初めてのことに疑問を抱きながら、己の目で確かめようとベッドを降り、その場に立ち上がった。  念のためにと、アメリ―はベッドのそばに立てかけてあった剣を手に取り、枕元に置いてあった短剣を胸元へ忍ばせる。  一歩、また一歩と扉へ近づくたび、向こうから聞こえる声の騒がしさが増す。 (……喧嘩、にしては騒々しいな)  十数人男達が同じ屋根の下で暮らしている。しかも彼らは兄弟などではなく、全員が赤の他人。  そんな状況では、喧嘩の一つや二つは当たり前。ここで生活を始めてから、この瞳で何度もその場面を目撃している。  しかし、今日耳に届く音は、それらとどこか違っているように思えた。  不調のせいで足元が覚束ず、空いている右手を拳に変え、しっかり歩けと数回太ももを叩く。  薄っすら痛みを感じるだけの行為は、新たな不快感を生み出すだけで、何の役にも立たない。 「……はぁ……っ!」  廊下へ続く扉を開き、壁伝いに体を支え歩く。  酷く重く感じる身体を恨めしく思いながら部屋の外へ出たアメリ―の耳は、絶え間なく声を拾い続ける。 「……から、離せぇ!」 「……さい! ……しく、しろ!」  入り混じる怒号や悲鳴にも似た声を聞き、どす黒く染まったモノが、床を這い足元から全身へ絡みつくのがわかった。  いつもの喧嘩とは何かが違う。直感が思考処理よりも行動を優先させる。  何かがおかしいと、頭の中で鳴り続ける警鐘が鼓動を加速させる。  重い身体を引きずり、アメリ―は精一杯の力をふり絞り走り出した。 「……っ」  走り続けるアメリ―だったが、その足は玄関ホールにたどり着く前に動きを止める。 「離せ! 離せって言ってんだろう!」 「大人しくしろ!」  耳を塞ぎたくなるような怒号が飛び交う。  見慣れた顔の男達の多くは無理矢理床に体を伏せられていた。大声を発し解放を訴える彼らの傍には、仕立てのよい服を着た男達が鋭く目を光らせている。  十人にも満たぬ彼らは、妙に手際よく盗賊達の手足を縄で縛り上げていく。 『これ以上ここに居ると、警備部隊に嗅ぎつけられるからな』  鳴り止まない警鐘がガンガンと響く脳内に、記憶の中にいるリーダーの声がはっきりと聞こえる。 「けい、び……ぶたい……」  一番近くに居る男が、新たに一人の身柄を拘束し徐に立ち上がった。  その瞳がアメリ―をとらえた時、彼女は彼の胸元を凝視する。  そこに輝くのは国旗を象った紋章。国王へ忠誠を誓った者へ贈られるその印は、多くの民にとってこの上ない憧れだった。
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