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第5話 目覚めた場所
浮上するのは、泥にまみれ深く深く沈んでいた意識。
重たい瞼をゆっくり持ち上げれば、視界がだんだんと開けてくる。
最初は淡い色がぼんやりと広がっていただけなのに、時が経つにつれ瞳に映るものを脳が認識し始める。
大部分を占めるのは天井、そして視界の端で見切れる豪華な照明。
(……あ、れ?)
そして徐々に脳は覚醒を始め、瞳を左右上下に動かし周囲を見回すと、頭の中にある疑問がより大きくなった。
目覚める前の記憶を必死に手繰り寄せ、アメリ―は現状把握に専念する。
しがない盗賊の根城に身を置いて数か月。一度引き受けた仕事を途中で放り出すわけにもいかず、契約内容に従い生活する毎日だった。
そんな日々を送る中で、不覚にも風邪を引いてしまう。お世辞にも過ごしやすいとは言えない環境のせいか、それとも精神的なものか、原因は不明。
十数年ぶりにかかる病は、思いのほか重く、手足一つ動かすことすら苦痛で仕方ない。
それに加え、盗賊捕縛のため奇襲をかける警備部隊の登場と、踏んだり蹴ったりな朝だった。
『ほう……お前か。噂の用心棒とやらは』
次々と記憶を紐解いていくにつれ、脳内に残る映像が目まぐるしく変化していく。
その中で、色鮮やかに、一際はっきりと刻み込まれていたのは、意識を失う間際目にした光景。
自分が守り続けてきた男達が、一方では項垂れ、また一方では地面に伏せている。それらを背にした男は、どういう訳か楽しげに笑い、こちらを見下ろしていた。
「っ! ……っつ、ぅ」
記憶の中でたたずむ彼が、わずかに口角をあげる。脳裏のよみがえる幻に、アメリ―は思わず上半身を起こし、横たわっていたベッドの上に座りこむ。
急に体を動かしたせいか、目眩と頭痛に襲われる。額に手をつき、顔をしかめ吐き出した息は、ほんのりと熱を持ち、やけに重苦しかった。
「……から。……の」
「でも……」
(……?)
一度大きく深呼吸をし、心と脳を落ち着かせる。そのまま、改めて顔をあげようとすれば、遠くの方から微かに人の声が聞こえてきた。
(誰か、来る……っ、どこ、だ?)
意識を失う直前の状況を思い出したせいか、己以外の気配に、糸がピンと張ったような緊張を感じる。
薄っすら聞こえた声は女のもの。しかし、アメリ―にとって性別など関係ない。
咄嗟に戦闘態勢を取ろうと、いつも傍 らに置いてある剣と短剣を探すが見当たらず、募 るのは焦りばかりだ。
「……だから言ってるでしょう? あの先輩は……」
「オ、オルガ! あの人、目を覚ましたみたい」
目線だけの捜索にも限界があり、まだ倦怠感の残る体に力を入れる。
ゆっくり顔をあげた途端、中途半端に開いた扉と、こちらを見つめ唖然とする二人の女が視界に映りこんだ。
「あ、本当だ! ポーラ、急いで伝えてきて」
「うん!」
彼女達は、数回やりとりをすると、一人が足早に去っていく。
現状をほとんど把握していないアメリ―にとって、その光景は己の中にある困惑を増幅するだけ。
(あの子達は……一体? 同じ服を着て……というか、ここはどこだ?)
ずっと惚けてばかりではいられず、素早く周囲を見回し情報を得ていく。
あの廃墟とは別の場所に移動したことは一目瞭然だ。
これまで見たこともない装飾が施された壁や天井。豪華な照明に、床には色鮮やかなカーペットが敷かれている。
野宿か安い宿屋、仕事先での寝泊まりが基本だったアメリ―にとって、初めて目にするものばかりだ。
根城から移動した記憶はなく、過去訪れた記憶もない場所での目覚めに、頭の中は混乱する一方。
膨大な不明点に頭を悩ませるあまり、自然と眉間に皺が寄る。
「……エヘッ」
数回瞬きをしても、そこにある景色は変わらぬまま。一つ変わった点があると言えば、一人残った女が、ぎこちなく微笑むくらいだった。
その後、彼女はニコニコと明るく可愛らしい笑みを浮かべ近づいてきた。
武器を持たないアメリ―は、警戒心を露わにし相手を睨みつける以外策が無い。
「えっと……そんなに警戒しないでください。……と言っても、無理な話なんだけど」
先程出ていった女性に対する態度と違い、女の表情や口調には、明らかな困惑の色が浮かぶ。
その視線から意識を逸らさぬよう注意しながら、アメリ―は今しがた見たものを頭の中で整理し始めた。
内装の豪華さに意識を持って行かれそうになるが、冷静に周囲を見回せば、この部屋にあまり広さはないのだろう。
ベッドにタンス、テーブルにイスが二脚。そしてタンスの上には綺麗な花を活けた花瓶。
小ぢんまりとした空間には、必要最低限と言える家具が置かれているだけ。
「……ここは、一体どこ、ですか?」
もしも、目の前で笑みを浮かべる女に不審な動きがあれば、すぐにこの場から逃げよう。
かなり頼りないが、イスは武器の代わりになるだろうか。
小首を傾げ、ザラつきの残る声を発するアメリ―。その脳の半分は、覚醒したばかりにも関わらず、すでにフル稼働中だ。
「ここは、ピーエントにあるお城の中です」
「……は? 城?」
「はい、お城です。ギアージュ国皇帝、ジークベルト・エドゥアーレ様の」
そう言って、大して年も変わらないであろう女は、どこか自慢げに口角を上げ笑う。
「どうして……私が、城に?」
「う……そ、そこまではわかりません。私はただ、貴女の看病をするようにと言われて、数日お世話していただけなので……」
叱られた子供のように肩を落とし、彼女は自信なさげな声を発した。
(一体どうなってる? いや、その前に……数日私の世話をしていた? ということは、今は一体いつなんだ!?)
聞き間違いかと混乱を招く言葉の羅列に混乱し、体調がまだ完全ではないアメリ―の意識は遠のきかけ、視界がグラリと大きく揺れた。
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