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第1話 女用心棒

 街はずれにある廃墟内外をうろつくのは十数人の男達。鋭い瞳の奥は、どこか濁っているように見えた。  そんな彼らの好奇な視線を一身に受け、アメリーは目の前を歩く背中だけを追いかける。 「おい、誰だよその女」 「娼婦じゃねぇの?」 「姉ちゃん、俺達と遊んでくれよ」  耳障りな声が紡ぐ下品な言葉の数々を、右から左へ流し、ただ前だけを見つめ小さく息を吐く。  時折ギシギシと嫌な音を発する床板は、この家がどれ程人のぬくもりを感じていなかったかを教えてくれる気がした。 「お頭、連れてきやしたぜ」  壊れかけの扉を横目に足を踏み入れれば、埃まみれのタンスが視界の端に一瞬映りこむ。  風が吹き込む割れたガラス窓、所々崩れている壁。軽く周囲へ走らせた視線がとらえるのは、この場所がいかにオンボロかという情報のみ。 「へぇ……お前が噂の腕利きか」  あまり見ることのない光景に驚いていると、これまでの男達とは違う張りのある声が聞こえた。  つられるように正面を向いたアメリ―の瞳に四人の人影が映りこむ。  壁に寄りかかりたたずむ二人と、待ち合わせ場所からここまで案内をしてくれた男。  そして部屋の中央で椅子に鎮座する男だ。  ずっと彷徨い続けていた視線は、廃墟には似つかわしくない新品の椅子を見つめ止まる。 (あの人がボスか)  そこに座っている男の瞳は、まるでこちらを値踏みするように、何度も上から下へ行き来する。  もうすっかり見慣れた光景に、口から小さなため息が零れた。 「お気に召さないようでしたら、他の誰かを雇ってくださって構いません」  続けて口を開くと、頭で考えるよりも先に言葉が音へ変わっていく。 『こんな女に、用心棒や警備など務まるのか?』  ここ数年で何十回と聞いてきた疑問を、きっと彼は心に抱いているのだろう。 「……女、名前は?」 「アメリ―といいます」  きっとこの仕事は成立しない。ならばもう帰ってしまおうか。  そんな思いが、意識と共に視線を数秒出入口へ向かわせる。それらを引き戻したのは、リーダーらしき男の問いかけだった。 「そうか、アメリ―か。……アメリ―、一つ質問だ。ここへ来る途中、俺の仲間達が居たよな?」 「……? はい」 「そいつらを見て、どう思った?」 「特に何も。しいて言うなら……うるさいと思ったくらいで」  自分へ向けられた問い。それが、あの男達に関するものだとしたら、答えは一つしかない。  下品極まりない言葉の数々を思い出し、よみがえる嫌悪感が心の底からじわりとにじむ。  すると、無意識に表情筋が動いたようで、眉間に深々と皺が刻まれていくのが嫌でもわかった。 「……っ」  アメリ―の言動は、一瞬にして室内の雰囲気をガラリと変化させる。  案内役をしてくれた男の視線が、あからさまに鋭くなった。  壁際の二人も不審者を見つめる視線の中に様々な感情を綯交(ないま)ぜにしている。その中でも突出した怒りは、まるで無数の針のようにピリピリと肌を刺した。 (……また、失敗した)  集中的に向けられる怒り。その理由が、己の失言にあると気づいたのは、数秒遅れてから。  どうやら知らぬ間に、仕事へと続く道に大きな岩を放り投げ、自ら破壊してしまったらしい。 「……くっ、くく。あははは!」  こうなっては、もうここで出来る事など無い。  これからしばらくは節約生活が続くと、内心落胆する彼女の耳に聞こえてきたのは、この場に似つかわしくない大きな笑い声。  今度こそ本気でこの場から去ろうとしていたアメリ―は、困惑のあまり大きく目を見開き、椅子に座ったまま大笑いをする男を凝視する。 「頭、何がそんなにおかしいんだ! 仲間をバカにされたんだぞ!」  突然笑い出したリーダーの様子に、他の男達も戸惑っているらしく、そのうちの一人が声を荒げた。 「まぁ落ち着け、お前達」  ひとしきり笑った男は、目元に浮かんだ涙を乱暴に拭い、改めてアメリ―の方へ視線を向ける。 「女のくせに怖気づかず、媚もしない。その上腕もたつ……そりゃ噂になるわけだ」  そして面白いものを見つけたとばかりに、仄暗い瞳の奥がキラリと光る。 「報酬は、日に五百ゴールド、食糧と寝床……だったか? 生憎、俺たちは見ての通り盗賊だ。すぐに金は用意出来ねぇが……きっちり仕事してくれるなら、少しくらい分け前くれてやるよ」 「……ありがとう、ございます」  満足げに、そして意地悪く笑う口から紡がれた言葉に、アメリ―は特に表情を変えることなくペコリと頭を下げる。 (盗品を貰っても、換金するのが面倒だな……どうせなら、換金してからそのお金をくれればいいのに)  多少の文句は心の奥底へしまい込み、今日も彼女は仕事をその手に掴んだ。
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