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変態ドM社長は女神の足元にかしずく

 高級ホテルの最上階。ピチャピチャと鼓膜を震わせる水音、そして時折木霊する熱い吐息が、薄暗い一室に響く。  夜の絶景を見渡せる窓からさし込む月明りが照らすのは二つの影。一つは女、一つは男のもの。  女は椅子の背に身体を預け、優雅に足を組みながら、マニキュアの塗られた指先に己の髪をクルクルと巻きつける。  彼女は現状に対し、大きな戸惑いを感じていた。その最たる原因へ向ける視線は、ひどく冷たい。 「……あぁ、彩華(あやか)。今日も綺麗だね。はぁ……っ」  氷に覆われた瞳がとらえるのは、自分の足先。そして、足元に跪く男の姿。  室内のわずかな灯り、そして外からさし込む月明りが、克明(こくめい)にそれらを映し出す。  男は、高級ブランドのスーツが汚れることも、皺が寄ることも気にせず、彼女の前に跪く。  そして眼前にある彩華の足へ手をのばし、ガラス細工でも扱うように、繊細な手つきで包みこんだ。  一度だけ、チュッと慈しむように足の甲へ口づけを落とすと、彼はそのままそこへ舌を這わせ始める。  次第に頬を紅潮させ、恍惚とした表情を浮かべたかと思えば、今度は足の指一本一本を食むように唇で覆い隠す。 「……っ」  ぬめりとした舌の生暖かい感触を足先に感じ、無意識に身体が強張るのがわかった。 (本当に……何なのよ、こいつ)  彩華は鈍く痛む頭を軽く押さえ、小さく息を吐き出す。  瀬野(せの)ホールディングスグループ二代目社長、瀬野智明(せのともあき)。  父親から若くして役職を引き継ぎ、何百人といる社員達をまとめ上げ、その手腕を発揮し続ける男。  取材記事が載った雑誌は、若い女性達がこぞって買い漁るほどのイケメンと評判らしい。  絵に描いたように完璧な男が、他人の足を嬉々とし舐めている。  この状況を、誰が信じてくれると言うのだろう。  数か月前、とある繁華街の路地裏にたたずむ一軒のバーで二人は出会った。  マネージャーの紹介で店を訪れた彩華は、仕事の愚痴をボヤキながら酒をあおるように飲み続ける。 『あのカメラマン、いっつもエロい目であたしのこと見てくるのよ? しかも、今度食事でもどうか、なんて……ほんっと嫌になるわ!』 『まぁまぁ、彩華さん落ち着いて。あの人、腕だけはいいですから……食事の方は、私の方でも対策を考えてみますし』  ソフトドリンクをチビチビ飲みながら、そんなタレントにマネージャーは付き合い続ける。  店内に自分達以外客の姿は無く、マスターも必要最低限の接客をするだけ。  そのまま一時間程経過した頃、マネージャーにかかってきた一本の電話が状況に変化をもたらした。  事務所からの急な呼び出しがあり、どうしても戻らなくてはいけないと一足先に彼女は店を出ていった。  自らの意思で出ていったと言うよりは、彩華に追い出されたと言った方が正しいかもしれない。 『あの子だって女なんだから……あたしのことより、自分のことを心配しなさいっての……ねぇ、そう思うわよね? マスター』 『それだけ、彩華さんのことを大切に思っているということですよ』  一人になり、今度はマスター相手に愚痴り始める。  いつの間にかその内容は、仕事に対するものから、心配性なマネージャーに対する愚痴と労いへ変わっていった。  しばらくして、扉の開閉を知らせるベルが静かな店内に鳴り響く。  マスターと彩華しか居ない空間に足を踏み入れたのは、一人の男。瀬野ホールディングスグループ社長、瀬野智明だ。  彼は店の常連客のようで、二席ほど離れたカウンター席に腰を下ろすと、しばしマスターと談笑を始める。  そんな姿を時折盗み見ながら、彩華は何杯目かわからぬ酒を喉へ流し込んだ。 (随分高そうなスーツ着てるわね)  大会社の若社長がすぐ近くにいるというのに、彼女は特に気にならないらしい。  彼女の脳内にあるのは、やたら高そうなスーツを着たそこそこ顔のいい男がやってきたという状況認識だけ。  そして客の正体に気づかぬまま、マスターが厚意で提供してくれたつまみに箸をのばす。 『店長との時間を邪魔してしまったようで、すみませんでした』 『……は?』  二人の会話が止んだ時、無意識に向けた視線は、何故かこちらを真っ直ぐ見つめる瞳に囚われていた。  モデルという職業柄、イケメンと称される男など見飽きているというのに、不思議と彼から目が離せない。  心底申し訳なさそうな表情を浮かべる姿に、初めて彩華が智明に抱いた感情は困惑だった。  大きく目を見開き言葉を失う自分に、彼はニコリと笑みを浮かべ「もしよろしければ……少しだけで構いませんので、私も二人の会話に混ざっていいですか?」と問いかけてくる。  そして、胸元から出した小さなカードケースから一枚の名刺を抜き出すと、そっとこちらへ差し出す。  名前や役職、携帯電話の番号やメールアドレスなどがバランスよく印字された洒落っ気のある紙を受け取り、彩華はようやく目の前にいる人物を認識した。  結局、しばし三人で会話を楽しんだ後、マスターに呼んでもらったタクシーに乗り、彩華は無事自宅のあるマンションへたどり着いた。  それからは、モデルとしてカメラの前に立つ日々が続き、たった一、二時間言葉を交わした男のことなど記憶からすぐに抜け落ちていく。  しかし、二週間後、唐突にその記憶は呼び起こされた。 『あ、彩華さんっ! た、大変ですっ!』 『どうしたのよ、騒々しいわね』  ある日、一日の仕事を終えマネージャーと一緒に事務所へ立ち寄ると、何故かその場にいたスタッフ達が次々と二人のもとへ駆け寄ってきたのだ。 『つ、ついさっき……せ、瀬野智明が来たんですよ、ここに!』 『タレントさんや、私達にどうぞって、お菓子差し入れしてくれたんです。しかも……そのお菓子、超高級店ので。毎日行列が出来るって有名で』 『それとこれ……彩華さんへのプレゼントだそうです』 『はぁ!?』  彩華は、口々に状況説明を始めるスタッフ達の様子を唖然と見つめていたが、話の途中で差し出された色鮮やかな花束を目にし、思わず驚愕の声をあげた。  その後、皆の話を要約し順序だてて聞くこと十数分、彩華達はやっと大方の状況を把握することが出来た。  一時間程前、彼は何の前触れもなく事務所へやってきたらしい。  そして話に聞いた通り、差し入れの菓子と花束をスタッフに預け、長居することなく帰っていった様だ。 『この前、彩華さんとバーで飲んだ時、とても楽しかったから……そのお礼にと言って』  恐縮しきりな面々を前に、彩華はただ首を傾げるしか出来なかった。  智明との出会いは、己の中で重要度が低いと見なされたのか、彼女はまったく憶えていなかった。  ようやく途切れた糸が繋がり始めたのは、女性スタッフが目の保養にと、デスクに置いていた雑誌に写る彼の姿を見た後のこと。 「はぁ……はぁ……くっ、あぁ」  窓際からベッドの上へ移動した二人は、互いに一糸まとわぬ姿のまま肉欲におぼれる。  しかし、少々趣向が異なるそれは、世間一般と比べ違和感の塊でしかない。  何故なら、ふかふかと寝心地の良さそうなベッドに身体を沈ませるのは、彩華ではなく智明だから。  彩華はそんな男の上にまたがり、薄っすらと腹筋が割れた腹部に両手をついてバランスを取りながら、完全に勃起した智明の欲を飲み込み腰を揺らし続ける。  先程まで静まり返っていた室内は、今や二人の艶めかしい吐息と欲に塗れた熱、そして途切れ途切れに聞こえる肉同士がぶつかり合う音で満ちていた。  支えを失った豊満な胸が、どちらのものともわからぬ振動によって揺れ動く。  根元までしっかりと欲を飲み込んだ膣は、未だ物欲しそうによだれを垂らし、二人の股下、足の付け根を汚す。 (なんで……あたし、こんな……) 「……っ、あん……はぁ、あっ」  現状を上手く噛み砕き己の中に消化出来ず、モヤモヤとした思考が頭の中をうろつく。  それは体内を駆け抜ける快感によって打ち消され、更なる熱を求め、彩華は自ら動き続ける。  今はただ何も考えず、この快楽の海に溺れ楽になりたかった。  しかし、自分だけが必死になった所で得られる快感などたかが知れている。  もっと強く、もっと熱い激しさを、彼女は心のどこかで求めていた。 「はぁ……はぁ、彩華……っ、綺麗だ。もっと、近くで見せてくれっ」  そんな状況のなか、彩華のあでやかな裸体、そして妖艶な動きは、智明の興奮をより一層煽った。  直後、飲み込んでいる熱がドクンと力強く脈打つ振動をナカで感じ、身体中の血液が脳へ勢いよく集まっていく。  カッと頭に血がのぼった次の瞬間、バランスを保つため彼の腹部についていた片手を宙へ上げると、勢いよく眼下に見える頬を目がけ振り下ろす。 「……っ!」 「一人で勝手にイくなって言ったじゃない!」  頬を叩かれ声にならぬ音を発する智明は、苦痛に数秒顔を歪める。  そんな彼の様子など気にも留めず、彩華は声を荒げた。  実際に智明が一人で果てたわけではないが、今の彼女にとって、その前兆とも言える反応ですら許せないのだ。 「うっ、は……ご、ごめ……い、っ」  数秒の沈黙を経て、熱のこもった息を吐き出し謝罪のためにと口を開く彼の言葉は、最後まで紡がれることなく、再びその顔は苦痛に歪む。  彩華が彼の胸元に力一杯爪を立てているせいだった。  スッとそれを退ければ、胸元には、数本ミミズ腫れの痕が赤く浮き上がる。  その様子を眺めていると、不思議と体の奥底からゾクゾクと得体の知れないものが湧き上がってきた。  正体がわからないそれに嫌悪感はない。身体に起きた変化と言えば、体温が更に上昇し、己のナカからより多くの愛液が溢れ出したくらいだ。 「智明」 「……っ」  彩華は男の腹部から一旦手を離し、己の腹に力を入れながら上半身を前方へ倒した。  細くしなやかな両腕を、ベッドについて体勢を保つと、智明の耳元へ口を寄せる。  名を呼べば、間近で聞こえるのは息をのむ音。一体今、彼はどんな表情を浮かべているのだろうと、顔が見えないことが少し残念に思えた。 「ここに来た時、約束してくれたわよね? 日頃の嫌なこと……全部忘れさせてくれるって。あたしの言うことは、何でも聞くって」  ほんのわずかな天井の灯りの下で、彩華はすぐそばにある耳たぶ、そして耳全体へ舌を這わす。  すると、彼女の耳は、快感に震える己ではない小さな声を拾い始めた。 「だから……ね? もう、“待て”は終わり。来て……智明、っ」  まるで快感混じりの吐息に共鳴したかのように、彩華のナカで燻り続けた熱は、逃げ場を求め暴れ出す。  カリッと、今まで舐めていた耳に噛みつき、彼女は上半身、特に腹部に力を入れ、身体を少しだけ起こした。  すると、しばしの間見ることの無かった男の顔が視界に映りこむ。  そこにあるのは、恋する乙女のように頬を紅潮させ、瞳を潤ませる姿。  舞い降りた女神を崇拝し、同時に恋焦がれる。  智明の熱い視線は、茨のある蔦へ姿を変え、彩華の全身へ絡みつく。 「彩華さん、また瀬野さんからお花が届いてますよ」 「あ、そう……」  後日、スケジュールの空き時間を利用し、事務所内で寛いでいる彩華の耳に、すっかり聞き慣れた言葉が飛び込んできた。  花束を贈られた本人でないにも関わらず、見るからに女性スタッフは嬉しそうだ。  初めて贈り物が届いて以来、彼は定期的に、事務所へ大量の茶菓子と、彩華への花束を送り届けている。  一瞬だけスタッフに向けた視界の端に、なんとも豪華で色鮮やかな花たちが映りこむ。  しかし、特に気にする様子もなく、彩華は読みかけの雑誌へ視線を戻した。 「それにしてもすごいですよね。彩華さんのファンになったからって、毎回こんな素敵な贈り物してくれて」  キラキラと瞳を輝かせ、その手に持った花束を見つめるスタッフ。その姿に、つい口から小さなため息が漏れた。  その日の夜、仕事を終えた彩華はタクシーに乗りとある場所へ向かう。 「いらっしゃいませ」  支払いを済ませ去っていくタクシーを見送った後、入口の扉を開けると、店内からは店主である男の声が聞こえる。  ここは、マネージャーに教えてもらったバー。  あの日以来、落ち着いた隠れ家的な雰囲気と静かな空間が気に入り、時々顔を出している。  店内に足を踏み入れ、カウンターへ近づく。すると、視界の端に見知った人影を見つけた。 「彩華、仕事お疲れ様」  カウンターの奥を陣取り、世の女性達が騒ぎそうな笑顔を浮かべ、ヒラヒラと智明が手を振ってくる。 「……何でいるの」  無言で彼のもとへ歩みを進め、椅子に腰かけた彼を見下ろす。 「偶然だよ。僕も丁度今日飲みに来ただけだから」  もう何度目かわからぬやりとりを、今日も二人は挨拶がわりとばかりに交わした。 「…………」  彩華は喉の奥から飛び出しそうになる大きな溜め息を堪え、片足をあげる。  約束も無しに二人がこのバーで顔を合わす回数はもう十をこえているかもしれない。  マスターに教えられ、彼女はそれがただの偶然ではないと知っている。  仕事が忙しい日以外、智明はほぼ毎晩ここを訪れているそうだ。  ――彼にとっての女神の来店を待ち続けて。 「……い、っ!」  ハイヒールを履いたまま勢いよく踏みつけるのは、笑みを浮かべる男の足。  智明の顔がしばし苦痛に歪むも、次第にそれは恍惚としたものへ変化していく。  瀬野ホールディングスグループ二代目社長、瀬野智明。  世の女性達は皆口を揃え、彼を褒め、その容姿、言動に歓喜の悲鳴を上げる。  しかし、彩華にとっての彼という存在は、世間とは一線を画すものに違いない。 (本当に何なのよ、この変態っ!)  彼女にとって智明は、ただの変態ストーカーなのだ。
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