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死神が訪れるのも夜
その日以降、ナイチンゲールは御殿に戻りませんでした。
皇帝陛下が後宮にまた渡るようになったので、侍従たちは安心しました。
つくりものの鳥は召し上げられ、皇帝陛下が妃達の部屋へ行く先触れとなりました。
つくりものの鳥の声がする部屋に、夜、皇帝陛下が渡り、夜伽が始まるといった具合です。
皇帝陛下は、淡々と、順繰りに妃達の部屋を平等に渡って行きました。その日抱いているのが誰なのか、把握しているのは侍従たちで、皇帝陛下は、いつ、誰の部屋へ行ったか、覚えてはいませんでした。皇帝陛下にとって、後宮の妃は誰でも同じでした。
もう一度、ナイチンゲールを……、そう考えて、皇帝陛下自身が庭園をさまよう事もありましたが、ナイチンゲールが姿を表す事はありませんでした。
皇帝陛下の慰めは、ナイチンゲールそっくりに歌うつくりものの鳥だけでしたが、いくつかある歌を繰り返し歌うだけでしたし、夜、人間の女に姿を変えて、皇帝陛下の求めに応じてくれる事もありません。
数年が過ぎ、ついに、つくりものの鳥が変調をきたしてしまいました。技師が言うには、心棒がすり減ってしまい、これ以上つくりものの鳥を歌わせると、確実に壊れてしまうという事。年に一度程度であれば少しはもつけれど、部品がない為、修理はできず、完全に壊れてしまう日を少々伸ばすに過ぎないのだと告げられました。
失望した皇帝陛下は、床につき、病にかかってしまいました。
寝台にたった一人、青ざめて横たわる皇帝陛下を、もう長くはもたないだろうと思った侍従たちは、万事つつがなく、次の皇帝をたて、準備に一生懸命でした。
皇帝陛下の元を訪れるものはいなくなり、冷たい寝室で、孤独な日々を過ごしていました。
ある夜の事。胸が苦しく、呼吸もままならなくなった皇帝陛下がうっすらと瞳を開けると、胸の上に死神がのっていました。ローブをまとった骸骨、死神は、皇帝陛下の冠をかぶり、剣を手にしていました。
枕元には、男性、女性、老人、子供、ぼんやりと、影のように、歪んだあやしげな顔立ちの人々が幾人 も、苦しそうな皇帝陛下を見つめていました。それらは、かつて、皇帝陛下が虐げたり、重用した者達でした。
枕元の不気味な人々は、口々に、好き勝手に皇帝陛下に向かって、不平不満や賛辞の言葉を、てんでんばらばらに述べます。彼らは、皇帝陛下の見知った人々のはずですが、皇帝陛下は思い出すことができません。
「どうして私の元へ来てくださらないのです」
皇帝陛下の渡りが無いまま、病で死んでしまった妃の不満や、
「病院を建てて下さってありがとうございました、おかげで病が治りました」
皇帝陛下の執政で救われた民の声や、
「お恨みいたします、お恨みいたします……」
皇帝陛下が即位したせいで失脚した侍従の声もありました。
耳障りな声の渦に、皇帝陛下もたまらず言います。
「うるさい、うるさい! 耳元で騒ぐな!」
「私が聞きたいのはそんな声では無い! 音楽を! どうか音楽を奏でてくれ!」
皇帝陛下には、壊れかかったつくりものの鳥が残されているだけ。
どうか、もう一度音楽を、それは、病床の皇帝陛下のたったひとつの望みでした。
すると、どうでしょうか。暗い、夜の窓辺から、聞き覚えのある歌声が聞こえてきたのです。
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