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第6話 旅立ちのとき

「――――え? 私がエイモンド王子の、直属の部下に、ですか?」 「ああ。チェオル王子側に大半の軍人が流れてしまったからな。王子としても我がフランドリウス家の人間をもっと多く引き込みたいという事だろう」  昨日、シーヴァルトがエイモンドに呼び出された内容はまさにこの事だ。 「でしたら私よりもアグロヴァル殿のほうが適切ではないでしょうか」 「何故そこであ奴の名前が出てくる? 私はお前の話をしている」  肘を机についた体勢でシーヴァルトはミュカレに告げる。シーヴァルトにとって今話をしているのは目の前のミュカレであり、アグロヴァルではないと。 「………っ!」  その意図を図り切れなかったミュカレは膝をつき、謝罪の言葉を強く述べようとするがシーヴァルトが手を振り、笑みを浮かべた。 「よい。ミュカレ、お前はもう少し我がフランドリウス家の嫡女であることを自覚したほうがいい。私はお前に期待しているのだから」 「父上、ありがたきお言葉。ミュカレ、生涯忘れません」 「ははっ、本当のことを言っただけだぞ。それで何故エイモンド王子側に行ってほしいのかというと、王子はかねがね病弱でな、副官を探しておられる。護衛もできるようなものが欲しいという事だ」 「……副官で護衛。それで私に、でしょうか?」  ミュカレは何故シーヴァルトが自分を選んだのかを理解した。副官は秘書の様に様々な事務仕事も行い、手足となるべき存在。かつ、王子は常に暗殺の危険性があるという事や刺客に襲われても対処できる武芸の強さを持っているものでなくてはならない―――。 「アグロヴァルはチェオル王子側に出向してもらう。言い方は悪いが、これでどちらかが勝利者になっても我がフランドリウス家は生き残る―――『そういう事』だ」 「わかりました。アグロヴァル殿も承知ならば、私がこれ以上言う事はありません。父上、しっかりとお役目務めさせていただきます」 「ああ、期待しているぞ我が娘よ。―――クレフ」 「はっ、ご当主様、何用でございましょうか」 「『ミュカレを頼むぞ』」 「―――はい」  シーヴァルトがクレフに向けた鋭い眼光。その視線の中には先日アグロヴァルが話していた言葉の真意をとらえようとしている感情が見て取れる。クレフの強さは折り紙つきだし、忠誠心も高い。幼いころから仕えてきたミュカレを見ているのも――きっと兄が妹を見ているようなものではないのか。 「(しかしなんだ、この焦燥感は。……先ほどの殺気といい、クレフ、お前はまさか……ミュカレを―――)」  シーヴァルトの脳裏に一抹の不安が滴り落ちる。シーヴァルトはフランドリウス家当主ではなく、娘を持つ父親の心境でクレフを見ていた。 「―――父上」 「……ミュカレ、どうしたのだ?」 「いつごろから出向すればよろしいのでしょうか? 今すぐにも?」 「そうだな。……できれば早い方がよいだろう。エイモンド王子側には軍を動かせる人間が多くない。ミュカレ、王子をよろしく頼むぞ」 「はっ、フランドリウス家の誇りにかけて」 「………」  期待に胸を膨らませるミュカレに対し、終始無表情のクレフ。その心中には様々な思いがうごめいていた。 「(エイモンド王子は病弱だが聡明で、少女のように美しい見た目と聞く―――エイモンド王子がもしミュカレ様を―――いや、やめよう。俺はミュカレ様の影、あの人の笑顔が見れればそれでいい、それでいいんだ)」  シーヴァルトの執務室から出て廊下を歩くミュカレの後姿を視界に収めつつ、クレフはエイモンドの事を考えていた。其の為、彼の名を呼ぶミュカレの声に気が付かなかった。 「―――クレフ、クレフ!」 「―――ッ、はっ、なんでしょうか」 「珍しいぞ、お前が呆けているなんて。エイモンド王子の所に向かうからすぐに出立の準備をするぞ」 「かしこまりました。いつ頃出立のご予定でしょうか。馬の用意をしておきます」 「必要なものをまとめ次第、だ。馬はいい。荷物になるからな。下人もいらない」 「と、申されますと……もしや、荷物を持たれるつもりですか?」 「そうだが?」  ミュカレは首をかしげている。元々ラストゥやユシヤに使用人同然の扱いをされていたミュカレは身支度も荷物も自分で用意することに何ら違和感を持っていなかった。時には彼女たちの荷物持ちもさせられていた事があったのだから。 「いけません! ミュカレ様、貴女様はフランドリウス家の嫡子であり、長女! この家を継ぐ存在なのです!」 「クレフ、声が大きいぞ」 「!」  眉尻を落とし、苦笑気味に伝えるミュカレにクレフははっと我に返る。つい声を荒げてしまった事を恥じ、その場に膝をつき許しを請う。 「申し訳ございません、ミュカレ様」 「謝る必要なぞない。ただ、あの人たちに聞かれているのが嫌なだけだ」  この屋敷の使用人はミュカレに対してよく思っているが、中にはユシヤやラストゥ派の使用人もいる。ラストゥ付の下女、下人、ユシヤの侍女などがそれにあたる。ラストゥ側の使用人たちは彼女の命令でミュカレの周りを嗅ぎまわり、弱みを探っている。重箱の隅をつつくように。 「さあ、行くぞクレフ。父上やフランドリウス家の名に恥じぬ功績を挙げねばなるまい」  ミュカレはぐっとこぶしを握る。その姿を見るクレフは心底いとおしいげに、愛するものを見つめるまなざしで彼女をずっと見つめる。しかしその胸中には今度立ちふさがるであろうエイモンドへの複雑な彼女が渦巻いていた。 「(あぁ、ミュカレ様。ミュカレ様――)」
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