4 / 7
第4話 静謐な夕食
ミュカレはフランドリウス家の嫡子かつ長女でありながら食事は使用人と一緒のところだった。曰く、「卑しい女の血が入っている娘を育てているだけでもありがたく思って」というラストゥの言葉だ。ミュカレは諦観した顔でそれを受け入れた。もはや彼女には何も言っても無駄だと幼少のころから身に染みているからである。
『ミュカレ様?』
『いや、いい。仕方のない事だ……ラストゥ様、失礼します』
『そうね。聞き分けのいい娘を演じていないと追い出されてしまいものね』
シーヴァルトが遠征で出払っている最中は特に顕著で、時折食事を抜く事もあったが、その度にクレフが自分の食事を渡していた。「お前の食事だ食べられる筈もない」とクレフの為を思って拒否したミュカレだが、すると彼は持っていた食事を床にぶちまけた。驚くミュカレだが、それをしたクレフが言うには「俺の全て―――髪の毛から足の爪先まで貴女様の為。貴女様が食べられないというのに俺がどうして食べられましょう」とかたくなに言い張ったのだ。
さすがにそこまで言われればミュカレと言えども折れるしかなかった。
だがそれがシーヴァルトがいないときの事。帰ってきたシーヴァルトは食事の時にいないミュカレについてラストゥに問いただした。
「ミュカレはどうした?」
「あ、は、はい……ミュカレさんは気分がすぐれないと部屋に……」
「ほう? 先ほどまでクレフと撃ち合っていたのにか」
「ですから、それが原因で―――」
「そうか、ならば直接聞いてこよう」
立ち上がるシーヴァルトを何とか止めようと声をかけるラストゥとユシヤ。もしシーヴァルトがミュカレのところに行き、彼女から洗いざらい聞いてしまったら二人の立場は愈々(いよいよ)危険な区域に入る。
「わ、私が聞いてまいります」
正妻であるラストゥやその娘のユシヤ、長男のアグロヴァルよりもシーヴァルトはミュカレを何かと目にかけていて、暇があれば彼女に稽古をつけているほどだ。息子のアグロヴァルを差し置いて―――という怒りがラストゥやユシヤのミュカレへの憎しみに拍車をかけているのだろう。当のアグロヴァルはそういった感覚を一切持ち合わせていないのが二人にとっての誤算でもあるが。
「―――父上、ミュカレでしたら使用人と食事をとっております」
「アグロヴァル!?」
「アグロヴァル、それは誠か」
「俺が当主である父上に嘘をつけるはずがございません。俺としてもミュカレは半分血のつながった姉であり、何より我がフランドリウス家の嫡女でもあります。流石にそろそろ武人の娘としてではなく淑女としての嗜みを覚えさせるべきではないでしょうか」
「アグロヴァル! 貴方、なんてことを」
「(あのような女に教える事なんて……)」
アグロヴァルは続ける。まさかの息子や兄の裏切りにユシヤやラストゥは言葉が出ない。何故彼女を迎え入れるような言葉をいうのか―――息子なのに彼の心が全く分からない。二人の女の不安げな気持ちをよそにアグロヴァルは堰を切ったかのように語り続けた。
「―――特にクレフ・カークス。いくらカークス家の嫡男とはいえ、あそこまでべったりついているのは異常なものかと」
「クレフはミュカレの側人だ。それにカークス家は我がフランドリウス家に代々仕えている騎士一族なのは知っているだろう。第一子に仕えるのは決まり事。何故引き離そうと思うのだ」
「ではフランドリウス家であればユシヤでもよろしいのではないでしょうか」
「!」
「ユシヤ、クレフを昔から欲しがっていたよな?」
「は、はい」
ユシヤはアグロヴァルの言葉に賛同する。常々ミュカレにクレフはもったいないとユシヤは二人を見ながら思っていたのだ。カークス家の嫡男で文武両道で何もかもが出来、漆黒の鎧と髪を持つ、まるで彫刻のように美しい容貌の男。いくら代々第一子に仕える決まりがあるとはいえ、淑女としての嗜みも貴族としての振る舞いも見られない彼女に何故仕えるのか。本来ならば正妻の娘である私に仕えるべき―――そうユリヤは考えていた。何よりユリヤはクレフを側に置きたかった。おいて、周囲に自慢したかったのだ。私にはこんなに素晴らしい騎士がいるんだと―――!
「お父様、お願いします。クレフをどうか私付きの騎士にしてくれませんか? ミュカレでは彼の良さを発揮できない。私ならパーティ会場できっと彼を―――」
「いやダメだ。我らに仕える騎士を一種のステータスにしか見ないお前にカークス家の人間をつけさせるわけにはいかない。その未熟な精神が更生されるまでな」
「そ、そんな!」
「旦那様、それはあんまりです! ユシヤは我がフランドリウス家の立場を思って―――」
「立場を思うならますます先ほどの言葉は撤回せなばならないぞ、ラストゥ。何度も話した通り、我々は貴族の立場をとっているが本来は武人。主君に仕えその敵を屠るのが使命。その意味が理解できんようではな」
「………は、で、出過ぎた真似を、い、致しました」
シーヴァルトに言いくるめられ、ラストゥはその場で押し黙る。そしてショックを受けたユシヤの肩を抱いていた。
しかしそう言うシーヴァルト自身、クレフがミュカレを心底愛して人生の全てを捧げるほどに好いているのを知らない。彼が異常なほどミュカレの側にいるのも主従関係だからだと信じている。長年仕えているカークス家の騎士達のゆるぎない忠誠心からだと。
自身にもクレフの父親やその兄弟が仕えている。クレフは15の時から彼女に仕えているのだから兄のような気持なのだろうと勝手に踏んでいる。
「私はミュカレに才能を見ている。あの子はとても優れた武人になる。―――三人共、これだけは覚えておけ。我らがフランドリウス家は代々メドラウド王家に仕える武人。何よりフランドリウス家の当主は正室、側室問わず『第一子』だ」
「え……それでは、当主は―――」
その言葉を聞いたラストゥの言葉を遮るようにシーヴァルトは続ける。今の言葉が本当ならば、フランドリウス家の当主はアグロヴァルではなく、―――ミュカレになる。
「そしてユシヤ、そんなにカークス家の人間が欲しいなら、お前も我がフランドリウス家の人間に恥じぬ働きをして見せよ」
突然の撤回。それはシーヴァルトの親心でもある。未熟な精神が更生、と厳しい事を言いつつもシーヴァルトは娘をきちんと見ている。
「は、はいっ! わ、私はフランドリウス家の娘として、いつでも王子に嫁げるように日々勉学に励んでおります」
「そうか」
シーヴァルトはそういうと、ベルを鳴らした。するとすぐに妙齢の男性が規律正しく現れる。クレフに良く似た男性だった。シーヴァルトはぼそぼそと彼に内緒話をすると、男性は了承しました、と恭しくうなづいた。
すると見計らったかのように夕食の前菜が四人の前に並んだ。
終始無言の食事が始まった。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい
ともだちとシェアしよう!