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第2話 フランドリウス家の嫡女

「エイムンド王子、では私はこれで失礼します」 「ああ、よろしく頼みます。あなたがこちらについてくださって本当によかった」  王宮の政務室で漆黒の甲冑に身を包んだ騎士が恭しく首を垂れる。騎士の視線の先には机で政務をしている青年の姿があった。肩にかかる流れるような美しい金の髪に女のように色白かつ繊細な体。緑の瞳はやさしさをたたえて騎士を見ている。漆黒の騎士が忠誠を使う青年―――第一王子エイムンド・メドラウドだ。頭を下げた後、騎士は兜を右手にエイムンドに背中を向けてドアに手をかける。騎士にエイムンドは机から声をかけた。 「シーヴァルト将軍、これからどちらへ?」 「――屋敷です。これから約束がありますから」  騎士――シーヴァルトは政務室を後にすると、王宮の入り口に向かって歩いていく。 「シーヴァルト将軍だ」 「相変わらずお美しい」 「あれで子持ちとかおかしいぜ全く」 「どこに行くんだろうか」  道中、憧憬、欲望、尊敬―――様々な感情を浴びながら彼はその言葉に耳を傾けず歩みを止めない。まるで何も届いていないように、兜を右手に王宮の入り口を出て、警備兵に一礼するとそのまま都をまっすぐ南下する。その迷いのなさは兵士たちに安堵と憧憬と畏怖を与えている。シーヴァルトは都の一角に屋敷を構えており、そこに家族とともに住んでいた。  屋敷についたシーヴァルトを家人が迎える。兜や剣、マントを預け、鎧を着たままの彼は中庭を歩く。すると、木々に隠れて女性の声が聞こえた。 「やっ、ていっ! はぁあぁ!」 「……っ!」 「(よし、ガードが緩んだ)……決める!」 「―――甘いです、ミュカレ様 せいっ!」 「ああぁぁっ! ……私の負けだ。くっ、まだそなたから一本もとれぬとは……これで120回中120敗か……はぁ」 「正確には124戦中124戦です、ミュカレ様」  中庭の奥のほうで、男女が簡素な格好で模擬戦をしていた。もう終わりのほうだったのか、女性が何度か打ち込んだ直後、男性の腕のガードが緩む。それを見逃さない女性が左足を軸に右足を蹴り上げたが、それを防がれて開いた胸元に強烈な一撃を叩き込まれた――そういう流れだった。女性は尻もちをつき、心底悔しそうだ。対して男性は涼しい顔だがしっかりと汗をかいており息も荒い。 「―――ミュカレ、クレフ」  シーヴァルトが男女の名を呼ぶ。すると二人は即座に振り向き、ひざをついて頭を垂れた。 「―――!」 「父上ッ!? いつお戻りに」  すぐに顔を上げたのはミュカレと呼ばれた女性だった。長い黒髪を一つに縛り、動きやすい使用人のシャツとズボンといういで立ちだ。赤い瞳が特徴でもある。対して同じく黒髪で長髪、青い瞳を持つクレフという男性は今だ頭を下げたままだ。 「たった今だ。しかしお前も強くなったものだ。クレフをあそこまで追い詰めるとは」 「謙遜を。……私などまだまだ、聞いての通りまだ一回もクレフを地につけたことがありません」  顔を赤らめてミュカレがシーヴァルトの誉め言葉に答える。シーヴァルトは大きく笑った。クレフはまだ頭を下げている。 「はっはっはっ、カークス家の跡取りがそうやすやすと一本を取らせてくれると思うな、ミュカレ。なぁ、クレフ」  シーヴァルトに話を振られクレフはそのままの体勢で答える。 「……恐れながら、ミュカレ様の腕、相応のものです。私も本気を出さねば負けてしまうほど」 「ほう、お前ほどの腕のものがー――。ならば我が娘の武術指導、お前に授けて正解だったぞ、クレフ」 「ありがたき幸せです」  感情のこもらない言葉でクレフはシーヴァルトの言葉に答える。シーヴァルトは娘のミュカレに「後で稽古をしてやろう」というとそのまま屋敷の入り口に向かっていった。  憧れの父親に稽古をつけてもらえると聞き、ミュカレは至極嬉しそうな表情だ。彼女を先ほどの無表情とは一変、どこか優しい笑みで見つめるクレフがいた。口元を上げて笑う彼の笑みは世の女性たちを虜にするであろう。それくらい甘い笑みだったが、その笑みを向けられたミュカレは気が付かない。むしろ彼の笑みはそういうものだという認識だ。 「――――ッ!」  ミュカレとクレフのやり取りを、部屋の中から恨めしそうに見つめる視線にクレフは気が付く。その視線から彼女を隠すようにさりげなく立ち位置を替えると、ストレッチをしているミュカレに戻るように勧めた。 「―――ミュカレ様、お父上も戻られたようですし、屋敷に戻りましょう」 「………わかった」  ミュカレ自身も視線に気が付いたのだろう。クレフの言葉に逆らわず、そのまま裏手から屋敷に入るのだった。 「(全く、ミュカレ様をあのような視線で汚すなど……母親が違えば何もかも違うというのか、おぞましい)」
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